要約
ー源氏物語 (5)
柏木~幻
(第36帖~第41帖)

(女三宮には不義の子が産まれ、最愛の紫上も亡くなります。源氏の君は・・・)


    柏 木(かしわぎ)―第三十六帖

衛門の督はずっと思い悩みなさいまして、ご病気も回復しないまま、新しい年が明けました。父大臣や母上が深くお嘆きになる様子をご覧になり、「強いて命を絶とうとすれば、その罪は重い事だろう……。幼い頃より何事につけても人より勝ろうと思い上がってきたけれど、その本意は叶いがたく、世の中すべてが面白くなくなってしまった。何とか日々過ごしてきたのだが……遂に心が乱れ、これほどの苦しみに遭ってしまった……これも前世からの因縁であろうか……。
 誰も千年生きる松ではないのだから、いつまでも生きることは出来ない。それならばせめて姫宮(女三宮)に少しは思い出してもらえる内に死ねば、哀れみをかけてくださる人があった事を、一途に燃え尽きた証としようものを……。
 お腹立ちの源氏の大殿も、さすがに臨終の折には、お許しくださるだろう……」等と、思い悩み続けるのですが、どうにもなりません。ただ枕も浮いてしまうほどに、涙を流されました。少し気分のよい時に、大層忍んで姫宮にお手紙を書かれました。

  今はとて燃えむ煙もむすぼほれ 絶えぬ思ひのなほや残らむ

    (訳)もうこれが最期と燃える私の煙もくすぶって空に上らず
      絶えることない貴女への思いが、なおもこの世に残ることでしょう

せめて哀れ(ヽヽ)とだけでも仰って下さい。心に留めて、闇の道をゆく光としましょう……」とありました。姫宮は、
「人の死は悲しいものですが、あの嫌な出来事を思い出すと……」とお返事なさいません。側にお仕えしていた侍従が「これは最期の御文ですから……」と硯を用意して促しましたので、しぶしぶお書きになりました。

   たちそひて消えやしなまし憂き事を 思ひ乱るる煙くらべに

    (訳)私も一緒にたち上る煙となって消えてしまいたい。
      辛いことに思い乱れて、どちらの煙がより辛いかを比べるために……

 衛門の督はしみじみかたじけなくお思いになり、 
 
  行方なき空の煙となりぬとも 思ふあたりを立ちは離れじ
  
     (訳)行方もない空の煙となったとしても、愛しい貴女の側を離れません……

 姫宮は夕方頃からお苦しみになり、産気づかれたご様子ですので、源氏の君がお越しになりました。
「あの忌まわしい事さえなければ、めでたく喜ばしい事であるのに……」とお思いになり、他人には漏らすまいと隠して、御修法など続けさせなさいました。

 日が昇る頃に、男御子が無事お生まれになりました。
「父親(衛門の督)に似てお生まれになるのは困ったことだ。女の御子なら人に見られることもなく安心なのだが……」などとお考えになりながらも、「自分が一生涯、恐ろしいと思っていたあの事(継母藤壷との過ち)の報いなのか……。この世で、このような応報を受けようとは……」とお苦しみになりました。

 御産屋の儀式は盛大で仰々しいものでした。お七夜の御祝は、帝からの公事として行われ、親王方・上達部など大勢参上なさいました。人々は晩年にお生まれになったから、その御子へのご寵愛は大変なものだろうと思っていましたが、源氏の君の御心に辛く思うことがありますので、賑やかな祝宴もなさらず、管弦の遊びさえありませんでした。

 姫宮はすっかり弱々しくなれ、ご自分の運命を悲しまれました。源氏の君は表面上は繕っておられますものの、特にお世話なさることもなく、昼間に少しお立ち寄りになる程度で、夜はこちらでお寝みにもなりません。
姫宮は、
「もう生きていられない気がします。尼にでもなれば、私の重い罪障をなくすことが出来るのでしょうか……」と申しなさいましたが、源氏の君はきっぱり反対なさいました。でも御心の内では、
「本当ににそうお望みなら、出家を許すもの思いやりあることだろう。このまま強いて連れ添っても、自然に辛い仕打ちをして、冷淡だと人目につくこともあるだろう。院のお耳にでも入れば、私の至らなさをお責めになろう。ご病気を口実に、許して差し上げようか……」等とお考えになりました。けれどもこれほど若くして黒髪を削ぎ、尼姿になられるはお気の毒に思われ、
「気持を強くお持ちなさい。ご心配なさらぬように……」とお慰めなさいました。
青白く痩せて、儚げに伏せていらっしゃるお姿が大層いじらしいので、「酷い過ちを犯しても、優しく許してしまいそうなご様子だ」と苦笑なさいました。


 父・朱雀院は姫宮のご容態を大層心配なさいました。姫宮が初めてのご出産ですっかり弱々しくなられ、
「父院にお目にかかれずに終わってしまうのか……」とお泣きになりますので、それを人伝えにお聞きになった院は、夜の闇に紛れてお越しになりました。
「出家をして世俗の事は顧みるまいと思いましたが、わが娘を思う親心の闇に迷い、世間の非難を顧みずに参りました……」と涙をこぼしなさいました。

 源氏の君は大層恐縮なさいまして、朱雀院を御帳台の前にお入れ申しました。
 姫宮は泣きながら「もう生きていけないほど苦しうございます。どうぞ私を尼になさってください……」と訴えなさいました。
 朱雀院は、源氏の君を頼りに思って女三宮をお預けしたのに、それほど深い愛情も掛けて下さらず、最近、世間が噂する事を大層口惜しく思われて、
「本人が望む事でもあり、これが最期というならば、少しでも功徳があるよう、出家の戒をお授けして仏縁を結ぶことにしよう……」とお決めになりました。

 源氏の君は大層悲しまれ、姫宮の御几帳の中に入って、
「どうして私を見捨てて、そのように仰るのですか。もう暫く心を落ち着けて、養生なさってから……」と申しなさいましたが、頭を横に振る姫宮は不憫でお労しく見えました。

 やがて夜が明けてきました。院は有徳の高僧をお呼びになり、姫宮の美しい御髪を下ろさせなさいました。源氏の君は戒を受ける儀式に耐えきれず、ひどくお泣きになりました。院は、
「私の寿命がこれまでと思われた時に、姫宮をお引き受け下さいましたのは、きっと、貴方の本意ではなかったのでしょう。もし姫宮が命取り留めて、生き長らえたならば、それ相応にお見捨てなさらぬように……」と涙を流され、山に帰って行かれました。

 後夜の御加持をしておられますと、突然物の怪が現れました。
「……わが執念は、ついに姫宮を尼姿にしてやった……。源氏の君が紫上の命を取り返したと喜んでおられたのが悔しかったので、この姫宮に取り憑いたのです。今は恨みを晴らしたので帰ることにしよう……」不気味な笑い声が辺りに響きました。
 源氏の君は、
「なんと、ここにも物の怪がいたか……」と悔しく思わずにいられませんでした。
 その後、姫宮は少し元気になられた様子ですので、更に御修法をさせなさいました。

 衛門の督は姫宮の出家をお聞きになり、大層驚いて、一層重く病んでしまわれました。
 帝もいよいよこれが最期とお聞きになり、権大納言に任じなさいました。昇進の喜びに気を取り直して、また参内なさることもあろうか……とお考えでしたが、一向に良くなられませんでした。父大臣はこのような厚い帝のご信頼を見るにつけても、ますます悲しくお思いになりました。

 大将の君(夕霧)も大層心配して、お見舞いに参上なさいました。幼い頃から仲のよい二人ですので、僧たちを暫く外にお出しになって、枕元近くにお入りになりました。
「口惜しいことに、すっかり頼りなくなってしまいました……」と、烏帽子を押し被って、少し起き上がろうとなさいましたが、大層苦しそうでした。白い柔らかい衣を着て、痩せて弱々しく見えますものの、かえって上品な感じがしました。
夕霧が、
「こんなに親しいのに、何が原因でこんなにも重篤になられたのか、それさえ伺えずに、残念に思うばかりです」と仰いますと、
「私自身、急に弱りました理由が分かりません。惜しくもないわが身でも、様々な祈祷でこの世に引き留められ、今はもう生き長らえることも苦しく、死出の道へ旅立ちたく思っております。……ただこの世の別れに捨てがたい事が数多くありまして……、臨終の迫った今、この悩み事を貴方の他に誰に訴えられましょう。
 実は、六条院(源氏の君)と不都合な事がありまして……。先日朱雀院の御賀に参上してご機嫌を伺いましたところ、やはりお許しく下さらない御眼差しを拝見し、この世に生き長らえるのも憚られ、魂がわが身から離れて静まらなくなりました。それが来世への往生の妨げになるかと思われますので、何かの折に、貴方から申し開きなさってください」と苦しそうに仰いましたが、夕霧にはその事情を推し量ることができません。
「一体どのような事があったのでしょう。このようにお悩みになる前に、打ち明けて下されば……今となっては言う甲斐もない事ですが」と残念にお思いになりました。

「一条の邸にいる妻(女三宮の姉・落葉宮)を、何かの折に、見舞ってやって下さい。父院もご心配でしょうから……、私が亡くなりました後、宜しくお取り計いください」などとお願いなさいました。言い残したいことは沢山あるようですが、ますます苦しそうになられましたので、夕霧は泣く泣くご退出なさいました。

 僧たちが近くに寄って、ご祈祷など特別におさせになりましたが、その甲斐もなく、 ……やがて、泡が消え入るようにお亡くなりになりました。
 尼宮(女三宮)は衛門の督を不愉快にお思いでしたので、長生きして欲しいとも思わなかったのですが、亡くなられたことをお聞きになり、さすがにお泣きになりました。

 三月に入り、空も麗らかな様子になりました。若君は生後五十日ほどになられ、色白で大層可愛らしくなられました。源氏の君がお越しになり、
「ご気分は爽やかになられましたか。五十日の御祝も普通なら嬉しいことなのだが、宮がこの世をお捨てになり……」と涙ぐんでお恨みなさいました。この頃は毎日こちらにお越しになり、この上なく大切にお世話なさいました。源氏の君が、
「あぁ、可哀想に……、残り少ない晩年にご成人なさるのですね」と、若君をお抱きになりますと、人見知りもせずに大層愛らしく笑っていらっしゃいますので、
「気のせいか、やはり亡き人にとてもよく似ている……」とご覧になりました。この若君はもう今から目元が穏やかで、匂うように美しいお顔立ちでした。

 尼宮のお心を思えば可哀想に思えますので、その気配さえお出しになりませんでしたが、時折「けしからぬ」と思う気持も思い返されて、そっと宮の側にお寄りになり、
「この若君をどうご覧になるのでしょう。このような愛らしい子を見捨てて出家なさるとは、何とも情けない……」と嫌味などを仰いました。

   誰が世にか種は蒔きしと人問はば いかが岩根の松は答へむ

      (訳)誰が(この秘事の)種を蒔いたのでしょう……と人が尋ねたら、
         岩根の松はどう答えるのでしょう

 尼宮はお顔を赤らめお返事もなさらずに、うつ伏してしまわれました。源氏の君は、
「思慮深い方ではないけれど、どうして平静でいられるのか……」とまだまだお恨みのようでした。けれども、それは昔、父・桐壺帝が不義の皇子(源氏と藤壺の子)を抱かれたお姿とまさに重なるものでございました。

 あの日から、夕霧は亡き権大納言(衛門の督)のことを考えていました、
「一体何があったのだろう。最期に言い残した事は事情が察せられず、残念なことだ。やはり心乱す事があったのだとしても、このように命を引き換えにしてもよいのだろうか……」と思いながら、源氏の君にその真相を伺ってみたいとお思いでございました。


 一条の宮(落葉宮)にとっては、深く愛し合ったという夫婦仲ではありませんでしたけれど、亡き人が理想的にお世話なさいましたので、特に辛いこともなくお暮らしになりました。ただ「何とご短命な方か……」と悲しまれ、亡き人がいつもお弾きになった琵琶や和琴の緒が、外されて音も立てないのをご覧になりますと、しみじみと悲しみは尽きないご様子でした。
 御前の木立が芽をふいているのを、もの悲しく眺めておられますところに、大将殿(夕霧)がお見舞いにおいでになりました。大層慕わしく優雅なお姿でございました。
 御息所(宮の母上)がお逢いになりました。夕霧は、
「ご遺族にも劣らず、日々悲しくおります。限りある命ですから、何事も世の常と思うのですが……。ご臨終の折、遺言された事もございますので、真摯な気持でお伺いしました……」と涙を拭いなさいました。 御息所も鼻声になられて、
「死別の悲しみは無情の世の習いでございましょう。初めからお受けし難い縁組みでしたが、院もお喜びのご様子で……今となっては強く反対すればよかったと口惜しく思われます。それにしても、このように早くに亡くなられ……」とお泣きになりました。
「まことに……宮の御心の内、おいたわしゅうございます」などと優しく申し上げて、今日は少し長居をしてお帰りになりました。
 父大臣の御殿に参上なさいますと、大臣は涙を堪えることがおできにならず、
「貴方の母上(葵)が亡くなられた秋には、本当に悲しみの極みに思われましたが、この深い嘆きは、世の評判も官位も関係なく、ただ本人の有様が恋しく思われます……」と、空を仰いで物思いに耽っておられました。
   
   木の下の雫に濡れて さかさまに 霞の衣着たる春かな (父大臣)
  
       (訳)木の下の雫に濡れて、常と違って 親が子の喪に服している春です……

  亡き人も思はざりけむうち捨てて 夕べの霞君着たれとは   (夕 霧)

       (訳)亡き人も思わなかったでしょう。親に先立ち父君に喪服を着て頂くとは…

 それからというもの、夕霧は度々、一条の宮邸をお見舞いなさいました。
御庭には青々とした若草が芽を出し、御前の柏木と楓が、一段と若々しい色で枝を挿し交わしているのをご覧になり、

  ことならば ならしの枝にならさなん 葉守の神の許しありきと

       (訳)同じことなら、この枝のように親しくして下さい。葉守の神(衛門の督・柏木)の
          お許しがあったのですから……

 月日が空しく過ぎていきました。源氏の君は愛らしい若君を柏木(衛門の督)の形見とご覧になり、 亡き人を思い出しては、お気の毒にお思いになりました。
 秋頃になると、この若君も這い這いをはじめ……
 

                               ( 終 )


        横 笛(よこぶえ)ー第三十七帖

 柏木が誠に儚くお亡くなりになりましたので、今も悲しく恋い偲ぶ人々が大勢おりました。六条院におかれましても、柏木を誰よりも心にかけておられましたので、腹立たしく思いながらも、折々につけて悲しく思い出しておられました。
 一周忌にも特別に誦経などをさせなさいました。何も知らぬ幼い若君をご覧になるにつけても、さすがに不憫でなりませんので、黄金百両のお布施をなさいました。
 夕霧も心を込めて、御法要等を営みなさいました。残された一条の宮にも心尽くしてお見舞いなさいますので、父大臣も母上もお喜びなさいました。亡くなられた後さえも、世間の評判が高いことが分かりますので、尽きせず思い焦がれなさいました。

 山寺の朱雀院は、女二宮もこのような境遇になり、入道の宮(女三宮)も現世の幸せを捨ててしまわれましたことを、大層辛くお思いでございました。山寺近くの林に生えた筍や山芋などに添えて、お手紙を書き送りなさいました。

   世を別れ入りなむ道はおくるとも 同じところを君も尋ねよ

      (訳)この世を捨ててお入りになった仏の道はわたしより遅くとも
         同じ極楽浄土をあなたも求めて来て下さい……

 入道宮が涙ぐんでご覧になっているところに、源氏の君がお越しになりました。今では、御几帳を隔ててお逢いになりますが、とても可愛らしい宮の尼姿が、まだ子供のように見えますので、
「どうしてこうなってしまったのか……」と胸を痛めておられました。
 若君はお寝みになっていましたが、起きて這いだして、とても愛らしくまとわりついては、筍を取り散らかし、囓(かじ)ったりなどなさいますので、
「お行儀の悪いこと……いけませんよ」と抱き寄せなさいました。口もとは愛らしく上品で、月日が経つにつれ、不吉なまでに美しく成長なさいますので、あの嫌なことを全て忘れてしまいそうに思われ、
「この若君がお生まれになるために、あの事件が起こったのだろう。逃れられない宿命だったのか……」と思い直しました。けれども大勢のご夫人方の中でも、宮だけが尼姿でいらっしゃる事を思えば、過去の過ちは許し難く、今も大層口惜しくお思いでした。

 秋の夕暮、心淋しい頃に、夕霧が一条邸にお越しになりました。宮はくつろいでお琴など弾いておられたようで、香も薫り、衣擦れの音はは奥ゆかしい感じがしました。虫の音が聞こえ、植込みに美しく咲き乱れている花々を見渡して、和琴を引き寄せなさいますと、人の移り香が染みて、心惹かれる感じがします。
「この琴には故人の名残りがこもっていましょう。お聞かせ願いたいものです……」と仰いますと、
御息所(宮の母君)は、
「主人が亡くなりましてから、ただ物思いに耽っておりまして、すべてが悲しい事を思い出す種となるのでしょう……」と申されました。御簾の側に琴を押し寄せましたが、お弾きなさるはずもなく、夕霧は無理にお願いはなさいませんでした。
 
やがて月がさし出し雲もない空に、雁が飛んでいきました。寂しい御心に誘われて、琴を微かにお弾きになりましたので、夕霧はますます心惹かれ琵琶を引き寄せ、優しい音色で「想夫恋」をお弾きになりました。しきりに御簾の中に「どうかご一緒に……」と促しなさいましたが、宮はただただ悲しく、終わりのところだけをわずかにお弾きになりました。ほんの僅かで心残りがしましたが、
「秋の夜に遅くまでいるのも失礼かと、故人に遠慮いたしまして……また改めてお伺いいたしましょう」と、御心の想いをほのめかして退出なさいました。
 御息所は柏木が大切にしておられた御笛を夕霧にお贈りなさいました。悲しみに胸迫って、仄(ほの)かにその笛を吹いてみますと、御簾の中から、
 
    露しげきむぐらの宿にいにしへの 秋に変はらぬ虫の声かな
 
       (訳)荒れた家に昔の秋と変わらぬ笛の音を聞かせていただき、
          今も涙にくれています……

 夕霧が帰るのを躊躇っているうちに、やがて夜も更けてしまいました。

 御殿に帰られますと、皆はもうお寝みになっていました。
「ご主人様は一条宮にご執心……」と、誰かが報告したのでしょう。妻・雲居の雁はお恨みになり、眠ったふりをしていました。夕霧は、
「どうして固く鍵を閉めているのか。今夜の月を見ないとは……」と、格子を上げ、御簾を巻き上げさせて、端近くに横になられました。一条宮に想いを馳せ、
「どうして柏木は、あの宮に愛情をお持ちにならなかったのだろう……」などと、ご自分の夫婦仲が睦まじい年月を数えて、しみじみと感慨深く思っておられました。

 少し寝入った頃、夢の中にあの柏木が現れました。例の笛を手に持って、
「この笛は、私の子孫に伝えたい…」と申しました。
夕霧が「誰に……」と、尋ね返そうとしますと、傍らに寝ていた若君が急に怯えて泣き、苦しそうに乳を吐いたりなさいますので、乳母たちも起き出して、大騒ぎになりました。雲居の雁は若君を抱いて、ふっくらと美しい胸を開け、お乳をふくませなさいました。
「こんな夜更けに戻られ、格子をお上げになるから、物怪でも入ってきたのでしょう」と、とても美しい様子で恨み言を仰いますので、
「母親になられ、すっかり思慮深く立派になられた……」とご覧になりました。
 魔除けの米を蒔きましたが、若君は一晩中むずかって夜を明かされました。

 夕霧は六条院に参上なさいました。源氏の君に夢の話をなさいますと、
「その笛は、私が預からねばならない理由があるのです。これは陽成院の御笛で、故式部卿が大切になさったのですが、柏木が大層上手に笛を吹くのに感心して、お贈りになったのです」
「では、子孫に伝えたい……とは、誰のことでしょう。さらに臨終の折の遺言に、父君との行き違いを深く恐縮していましたが、一体何があったのでしょう……」とお尋ねなさいました。
源氏の君は、
「やはり気付いていたか……」と思うものの、全く心当たりのない素振りをして返事もなさいませんので、夕霧はきまり悪くお思いでございました。



                               ( 終 )
 

       鈴 虫(すずむし)ー第三十八帖

 夏、蓮の花の盛りの頃に、入道の宮(女三宮)がお造りになった御持仏の開眼供養をなさいました。源氏の君は御念誦堂の御道具類を心尽くしてご準備なさり、総てのことに御心遣いなさいました。阿弥陀仏や脇士の菩薩は、それぞれ白檀でお造りになりましたので、誠に見事な美しい持仏になりました。経は六道の衆生のため六部お書きになり、御持経は父院が自らお書きになりました。
 親王たちも大勢参上なさり、講師が尊く開眼供養の心などを説きますと、皆、涙を流しなさいました。宮は圧倒されなさって、とても美しく臥せていらっしゃいました。
 源氏の君は宮が出家された今になって、この上なく大切にお世話なさいまして、
「せめて来世は、蓮の花の宿でご一緒に……」とお泣きになりました。

 父・朱雀院は、三条にある御邸を宮のためにご用意なさいましたが、源氏の君は生きている限りは自らがこの六条院でお世話申し上げようと、大層美しく改築させ、御封の収入や荘園からの献上物などを、三条宮の御倉に納めさせて管理をなさいました。


 秋になりました。源氏の君は、西の渡殿の御前の辺りを野原のようにお造りになり、美しい声で鳴く鈴虫などを放しなさいました。風が涼しい夕暮にお越しになっては、虫の声を聴くふりをして、今も断ちがたい想いを訴えなさいました。
 入道の宮はあの嫌な出来事から決心なさったご出家ですので、今は人里離れて暮らしたい……と思われましたが、強いて申し上げることはできませんでした。

 月の美しい十五夜の日、鈴虫が鳴いて趣のある夕暮れ、宮が仏の御前で念誦しておられますと、源氏の君がおいでになりました。宮がひっそりとお詠みになりました。
 
  大方の 秋をば憂しと知りにしを ふり捨てがたき鈴虫の声

     (訳)秋は辛いと知っていますが、鈴虫の声だけは捨てがたいものです……

 月が明るくしみじみと心打つ情景ですので、人の世の移り変わる無情を思いながら
 源氏の君が御琴をお弾きになりますと、宮は美しい音色に聞き入りなさいました。

 この琴の音を尋ねて、蛍兵部卿宮や大将の君(夕霧)などが参上なさいました。今宵は宮中で月の宴が催される予定でしたが中止になり、物足りない心地がしていましたので、こちらに参上して、皆で琴などを合奏なさいました。
「月見の夜にはいつも、ものの哀れを誘われないことはない。楽にも優れていた大納言(柏木)が亡くなって、一層悲しく思われる……」とお袖を濡らしなさいました。
 
御簾の内におられる宮をお慰めしようと「今宵は鈴虫の宴を催して、夜を明かそう」と仰いました。御盃が二回ほど廻った頃に、冷泉院からお誘いがあり、

   雲の上を かけ離れたる住処にも 物忘れせぬ秋の夜の月 

      (訳)宮中から遠く離れて住んでいるこの御所にも 忘れずに秋の月は美しく照っています

 同じことなら、貴方と共に……」とありました。源氏の君は大層恐縮して、
 
  月影は同じ雲居に見えながら わが宿からの秋ぞ変はれる

      (訳)月の光は昔と同じに見えますが わが世の秋は変わってしまいました

 月が昇り、更けゆく空の様子が美しい頃、若い人に笛などを吹かせなさいまして、皆で冷泉院邸に参上なさいました。
 改まった儀式の折には威厳を尽くして、実の父子でありながらも臣下としてご対面なさいましたが、今宵は寛いだご様子で、直にしみじみお話しをなさいました。
 院はご成人なさり、その御容貌はますますよく似て、大層美しくおられます。盛りの御年にご自分から退位をなさいましたが、今、静かに暮らされるご様子は、誠に心打たれるものがありました。その夜の詩歌は趣き深く素晴らしいものばかりで、明け方になり人々は退出なさいました。
 

 六条の院(源氏の君)は、秋好中宮の御方にお越しになりました。
「今は静かに暮らし、年をとるにつれて昔話などをお聞きしたく存じますが、臣下でもなく上皇でもない身分(准太政大臣)で、窮屈な思いでおります。私よりも若い人々に先立たれ、無常の世の心細さも感じます。この世を離れて出家したいのですが、後に残された人々が心細いでしょうから、どうぞお世話いただきたく……」とお願いなさいました。
中宮は、
「母・御息所に先立たれたことばかりを悲んでおりましたが、亡き後まで物怪となって現れたと伝え聞きますと、とても悲しく、あの世での罪障が軽くないことが推測されます。せめて私が、何とかその業火の炎を冷やして差しあげたいと考えております……」 源氏の君はお気の毒にお思いになり、
「それならば、あの母君のお苦しみが救われるような供養をなさいませ。もし出家なさったとしても、この世に悔いが残ることになるでしょう」と説得なさいました。
 世の中のこと総て無常であり、出家したいと考えるお二人ですが、やはりそれは難しいようでございました。

 中宮は、院がご在位中の頃よりも華やかに管弦の遊びなど催しなさいますので、優雅な日々をお過ごしでしたが、内心、母御息所のことを思いますと、勤行の御心が深まっていくようでした。けれども院が出家をお許しになるはずもありませんので、ただ追善供養を熱心になさいました。


                               ( 終 )
 

   夕 霧(ゆうぎり)ー第三十九帖

 大将の君(夕霧)は堅物と評判でしたが、月日を経るにつれて、一条宮(柏木の妻)への想いが募っていきました。寂しく所在ない折には絶えず訪れなさいますので、母・御息所も「有り難いお心遣いを……」と大層慰められておられました。
「今、色めいた振る舞いは相応しくない。ただ深い愛情をお見せすれば、いつか宮も打ち解けてくださるだろう……」と、折々につけてお見舞いなさいました。
 けれども、悲しみにくれる宮がそれにお応えすることはありませんでした。

 その頃、御息所が物の怪にひどく患いなさいました。小野の山里に評判の高い律師が山籠もりをしていましたので、一条宮を伴ってそちらにお移りになりました。
 八月二十日頃、夕霧が小野の山里にお見舞いにお出かけなさいました。特に深い山道ではありませんが、松が崎の山々も秋の気配がして、誠に風情がありました。
 趣きある小柴垣に囲まれた住まいに、宮は品よく暮らしておられました。御息所は北の廂間に臥せておられましたが、物の怪がやっかいだとして、客人の御座所はありません。そこで宮がおられるお部屋の御簾の前に、夕霧をお通し申しました。御息所は、
「このように遠くまでお訪ね下さいまして、かたじけなく……」と申されました。
 宮は奥の方にひっそりといらっしゃいましたが、身じろぎなさる衣擦れの音は大層心惹かれる様子でした。

 夕暮れになり空の様子も哀れに、霧が深く立ちこめてきました。山陰が薄暗くなった頃、蜩(ひぐらし)が鳴いて、垣根に植えてある撫子の花が色鮮やかに見えます。山おろしに松風
が響く中、不断の経を読む声が尊く聞こえてきました。総てがしみじみと趣深く感じられますので、
 
  山里のあはれを添ふる夕霧に 立ち出でむ空もなき心地して (夕 霧)

     (訳)山里に寂しさを添える夕霧のために、帰る気持にもなれません……

 と申しなさいますと、
 
  山賤の籬(まがき)をこめて立つ霧も 心そらなる人はとどめず (一条宮)
 
      (訳)山里の垣根に立ちこめた霧も、心がうわの空の人は引き止めません……

「山里に夕霧が立ちこめましたので、今夜はこの辺りに宿をお借りしたく思います。同じことなら、この御簾の側に……」とさりげなく仰いました。宮は「嫌なことを……」と奥に入ってしまわれましたが、日が暮れて室内が暗くなりましたので、やがて御襖の外に出ておいでになりました。
 夕霧がお引きとめしますと、お召物の裾が襖に挟まり錠が閉められません。宮は震えながら怯えた様子で、
「思いもよらぬことを……」と泣きそうに申されましたが、夕霧はとても落ち着いた態度で、御心の想いを打ち明けなさいました。
「これより馴れ馴れしいことは、お許しがなければ決していたしません。宮のつれない素振りが、誠に辛く……」と、襖をあえて引き開けずに、思いやり深く気持ちを抑えておられました。宮は優しく上品で、少し痩せた感じがして、何もかもが愛らしく思われました。

 そのまま夜が更けてゆきました。入方の月が山の端に傾く頃、
「やはりお分かり頂けないのでしょうか。もう気持ちを抑えていられない気がします。男女の仲をご存知ない訳でもありますまいに……」と迫りましたが、宮は悲しそうに、
「私は不幸な結婚をした上に、悪い評判を受けなければならないのでしょうか……」とお泣きになりました。夕霧が、月の明るい方に宮をお誘い申しますと、宮は気強く拒みなさいます。それをたやすく引き寄せて、
「私の愛情をお分かりになり、心優しくなさいませ。お許しがなければ決して……」等と申しなさるうちに、明け方近くになってしまいました。
宮は、
「父院がこのことをお聞きになったら、どうお思いになるのでしょう。……まして母・御息所がご存知ないのも罪深い気がいたします。せめて夜を明かさずに、今宵はこのままお帰り下さいませ……」と申されました。 夕霧は、

   荻原や軒端の露にそぼちつつ 八重立つ霧を分けぞ行くべき

      (訳)荻原の軒葉の荻の露に濡れながら、幾重にも
         立ち籠めた霧を分けて、帰って行かねばならないのでしょうか……

  大将の君はあれこれと思い乱れながら、お帰りになりました。一条宮に後朝(きぬぎぬ)の御文をお出しになりましたのに、宮はご覧にもなりません。女房たちは、
「まだ何事もないのに、お痛わしい……」などと話し合っておりました。

 母・御息所は重病に見えますものの、爽やかな気分になられる時もありました。昼の加持祈祷が終わって、阿闍梨がひとり陀羅尼を読んでおられました。生真面目な性格のこの律師は、だしぬけに、
「……そうでしたか。あの大将はいつからここにお通いなさるようになられましたのですか……」とお尋ねになりました。御息所は、
「そのようなことはありません。亡くなった大納言(柏木)と仲が好く、度々お見舞いに立ち寄って下さるのです」 
「いや、可笑しい。今朝、西の妻戸か出てこられたお姿を僧が見て、お泊まりになったようだ……と噂していました」と申しました。
御息所は、
「まさか。人少なの頃をみて、忍び込みなさったのか……」と不安になり、律師が立ち去った後に、小少将の君(女房)を呼んで確かめなさいました。女房は最初からのいきさつを説明し、「長年秘めていた胸の内を、お耳に入れる程度のことでございました。夜も明けぬ内にお帰りになりました……」とお応え申しました。
「どうあったにせよ、軽々しくお逢いになったのが間違いのもと。法師たちが言いふらさずにはおくまい……」と、大層心を痛めなさいました。

 しばらくして、大将の君からお手紙がありました。
「冷淡な宮の御心に接して、かえって一途な気持になってしまいそうです……」とありましたので、御息所は一層思い悩まれ、

   女郎花(おみなえし) 萎るる野辺をいづことて 一夜ばかりの宿を借りけむ

      (訳)女郎花が萎れている野辺を、どういうおつもりで
          一夜の宿をお借りになったのでしょう……

途中までお書きになったところで、急にお苦しみになりました。物の怪の仕業と怖れ、僧たちが大声で祈祷を続けました。

 その頃、夕霧はご自邸の三条院におられましたが、北の方(雲居の雁)はこのお忍び歩きのことを知って、大層ご機嫌が悪く、若君たちのお世話に気を紛らわして、御座所に臥しておいでになりました。
 ちょうどそこに御息所からのお返事が届きました。苦しみの中に書かれた文字は、鳥の足跡のようで読み難く、夕霧は灯火を近づけてお読みになりました。
 女君は几帳の陰におられましたが、素早くお見つけになり、後ろから手紙を取り上げました。
「何をなさるのか……けしからぬ……」
 言い争いの後、この手紙を隠してしまいましたので、夕霧は「早くお返事をしなければ、お身体に障る……」と焦りましたが、仕方もなく、その日も暮れてしまいました。
 翌日、蜩(ひぐらし)の鳴く声に山里に想いを馳せながら、御座所の奥をご覧になりますと、そ
こに御息所からのお手紙がありました。急いでお読みになり、
「昨夜の事を、宮と契り合ったとお聞きになりましたのか……」と大層胸が痛みました。


 その頃、御息所は 夕霧からのお返事がないまま日が暮れてしまいましたので、酷くお苦しみになりました。物の怪などが弱り目につけ込んで勢いづいたのでしょう。
 急に息も途絶えて、みるみるうちに冷たくなってしまわれました。律師も大声で祈祷いたしましたが、臨終の時は明らかでした。宮は「母上とご一緒に死にたい……」とお悲しみになり、ぴったり添い臥しておられましたが、今は全てが終わり、悲しいことでございました。

 ご葬儀の準備に取りかかります頃に、あちこちからのご弔問がありました。夕霧も心をこめてお慰めなさいましたが、
宮は、
「この方のために、母上の御心が乱れ、お苦しみも増した……」と大層恨めしく、返事さえなさいませんでした。
 九月になり、山おろしの風が吹き渡る頃になりましたが、宮は今も涙の乾く時もなく、悲しみにくれておいでになりました。大将殿は、毎日お見舞いの手紙を遣わせなさいましたが、ご覧になることさえなく、母君が噂を信じたまま亡くなられたことを思い返しては「ますます憎い……」と涙が溢れるのでした。
 法事などが全て終わりました。宮は髪を削ぎ、小野の山里で一生を送ろうと決心しましたが、父院がお許しになりませんので、仕方なく一条の御邸にお戻りになりました。
 その日、皆が寝静まった頃に、夕霧がお渡りになりました。宮は、
「本当に嫌でなりません。大人げないと言われようとも……」と決心なさって、塗籠(納戸)の中に閉じこもり、内側から鍵をかけてしまいました。

 夕霧は、仕方なくご自邸にお帰りになりますと、若君たちが愛らしくまとわりついて来ますので、暫くご一緒にお遊びになりました。
 雲居の雁は臥せていらっしゃいました。「私はとうに死にました。鬼と仰るので、そうなろうと思います……」
夕霧は、
「御心は鬼のようですが、お姿が愛らしいので、嫌いになれません……」と申されましたが「他の女性に優美に振る舞っておられる貴方に、連れ添ってなどいられません。共に過ごした年月さえ惜しく思われますものを……」と恨みなさるご様子は、誠に愛嬌があり美しく見えます。夕霧は「とても愛らしい人だ……」とお思いになりました。
 ところが、一方で、御心はうわの空で「あの方が、もし尼になってしまわれたら…」と落ち着いていられません。日が暮れるにつれ気がかりになられ、今夜もお出かけになりました。

 宮は、やはり塗籠に閉じ籠もっていらっしゃいまして、大将の君に逢おうとなさいません。女房たちは気の毒に思い、夕霧を女房の出入り口から、そっと中にお入れしてしまいました。
 宮は驚いて、単衣のお召物を御髪ごと被って、お泣きになりますので
「困ったものだ。どうしてこんなにまでお嫌いになるのだろう。前世の因縁が薄かったのか……」と溜息をつきながら、夜を明かしなさいました。
 こんなにまで一途な夕霧のご性格を、宮は「呆れたこと……」とお思いでしたが、
 やがて……疎ましく思うのは、自分の愚かな意地のためか……と、思い改めるようになられました。塗籠の中は、香の御唐櫃や御厨子などが置かれ、ほの暗い感じでしたが、朝日が優しく漏れ入ってきましたので、宮は被っていた単衣を脱いで、乱れた御髪を撫で、身繕いをなさいました。そして…………。
 御手水やお粥などを、いつもの御座所で差し上げました。派手でないような山吹襲や濃い紫の衣に着換えなさいますと、宮は大層気品があり美しくいらっしゃいました。

 北の方・雲居の雁は「これが最後のようだ……」と夫婦仲を見届けた気がして、大殿邸(実家)に帰ってしまわれました。夕霧が驚いて三条邸に戻られますと、若君たちは母を慕って泣いていました。「何とも可哀想に……」と心を痛められ、日が暮れるのを待って、大殿邸に参上なさいました。
「前世からの宿縁から、ずっと愛しい人と思ってきましたのに、可愛い子供達を見捨てて、どうしてここにいらっしゃるのか……」と酷くお恨み申し上げますと、
「私は、もう見限られた身ですので……」とお答えなさいました。
「なんと大人げない……。これで最後と仰るなら、そのようにしましょう。残された子供達も、このまま放っておくことはできませんから……」と毅然と申しなさいますので、女君は「子供達を知らない所へお連れになるのか」と大層お嘆きになりました。

 藤典侍(とうのないしのすけ)(惟光の娘・五節の舞姫[少女の巻])がこれをお聞きになり、雲居の雁をお慰め申し上げました。

   数ならば身に知られまし世の憂さを 人のためにも濡らす袖かな

 昔、大殿に二人の仲を遠ざけられていた時に、夕霧はこの舞姫だけを密かに愛しなさいましたが、雲居の雁を正妻に迎えられてからは、お通いも疎遠になってしまいました。
 子供達は大勢になり、こちらに七人、藤典侍に五人おりました。それぞれにとても愛らしく立派になられ、幾人かは六条院に引き取られて可愛がられていました。

 このお二人の話は、語り尽くせないほどございますが、いずれ……
 

                              ( 終 )

 

    御 法(みのり)ー第四十帖

 いつの間にか年月が重なり、紫上がますます衰弱なさいましたので、源氏の君は先に逝かれるのは耐えがたく、長年の夫婦の縁の別れを大層悲しくお思いになりました。
 この頃になると、紫上は「余命少ない……」とお感じになり、
「やはり出家をして、僅かでも命の限り一途に勤行をしたい……」とお願いなさいますのに、源氏の君はお許しになりません。ご自分でも出家をなさりたいので、ご一緒に出家生活に入ろうかともお思いになりましたが、来世ではひとつの蓮の座を分け合おうとお約束なさりながら、このように頼りなく病が重くなってゆかれますのがお気の毒で、躊躇っておられるようでした。紫上は悲しくお恨みでございました

 花の盛りの三月、長年書かせなさいました「法華経」の供養を二条院で催されました。帝をはじめ春宮、后宮や御方々が、御誦経などを所狭しと寄進なさいまして、尊い読経に合わせて鼓や笛の音が響き、極楽浄土の有様が想像されるほどに、しみじみと荘厳な法会となりました。やがて法会も終わり、各々がお帰りになるご様子を、紫上は永遠の別れのように、悲しくご覧になりました。

   絶えぬべき御法ながらぞ頼まるる 世々にと結ぶ中の契りを (紫 上)

      (訳)これが最後と思われる法会ですが、頼もしく思われます。
      世々にかけてと結んだあなたとの縁を…………

 夏になり、ますます弱々しくなられました。可愛らしい若宮たちとお逢いになっても、
「それぞれの御将来を見たいと思っていましたのに、それはもう叶わぬようで……」と涙ぐまれ、誠に美しく臥せておいでになりました。人目の少ないときに、中宮の三宮(匂宮)を前にお座らせして、
「大人になられたら、ここにお住まいになって、御前の紅梅と桜をご覧になり、私を思い出して下さいましょうか……」とお尋ねなさいました。すると、こっくり頷いて涙を拭う宮のお姿が大層いじらしいので、優しく微笑みながらも涙を落とされました。


 ようやく秋になり、風が涼しく吹く夕暮れに、脇息に寄り掛かって、萩の花をご覧になっていますと、源氏の君がおいでになりました。
 
  おくと見る程ぞ儚きともすれば 風に乱るる萩の上露     (紫 上)

    (訳)葉に降りるのも暫くの間 風に吹き乱れる萩の上露のように儚いわが命よ

 ややもせば消えを争う露の世に おくれ先立つ程へずもがな      (源 氏)

    (訳)先を争って消えゆく露のように儚い人の世に、せめて後れも先立ちもせず一緒に消えたいものです ……

「もう気分が悪くなりましたので……」と、御几帳を引き寄せお臥せになりましたご様子が、いつもより頼りなく見えましたので、中宮が手をとって拝しますと、本当に儚く消えゆく露のように……今が最期とみえました。御誦経の僧たちが大声で読経し、一晩中加持祈祷を尽くしなさいましたが、その甲斐もなく、夜の明ける頃にお亡くなりになりました。

 源氏の君は誰よりもお気の鎮めようもなく、大将の君(夕霧)を呼び寄せて、
「今はもうご臨終のようで……、長年望んでいた出家を果たせずに終わってしまうのが可哀想で……。今はせめて冥途の道案内として、仏の御利益をお頼み申さねばならないゆえ……剃髪するよう取り計らいなさい……」と仰いました。源氏の君は気強く装っておられましたが、お顔の色も常でなく、ひどい悲しみに耐え難いご様子でした。

 ほのぼのと明けゆく弱々しい光の中で、紫上の亡骸はどこまでも可愛らしげに美しくいらっしゃいました。源氏の君は無理に心をお鎮めになって、ご葬送の指示をなさいました。作法通り、その日の内に厳粛なご葬儀をなさいました。
 その後、鳥辺野の野原に人々が集まり、紫上は誠にあっけない煙となって、儚く昇ってしまわれました。人の世の常とはいえ、何とも悲しいお別れでございました。

   昇りにし雲居ながらもかへり見よ われ飽きはてぬ常ならぬ世に

      (訳)煙になり昇っていった雲居からも振り返って欲しい
         私はもう飽き果ててしまいました。この無常の世に……

 源氏の君は「紫上に先立たれ何年生きられようか。この悲しみに紛れて出家を遂げたいものだ……」とお思いになりましたが、世間を憚ってこの時期を過ぎしてから……と、御心を抑えなさいました。
 夕霧は、昔、野分の後、樺桜のように美しいお姿を拝したことを思い出し、
 
  いにしへの秋の夕べの恋しきに 今はと見えし明けぐれの夢

      (訳)昔お姿を拝した秋の夕暮が恋しいのに、臨終のお姿は夢のような気がする

 致仕の大臣は「葵が亡くなりましたのも、ちょうどこの頃だった」と思い出されて、

   いにしへの秋さへ今の心地して 濡れにし袖に露ぞおきそふ

      (訳)昔の秋さえ今のような気がして、涙に濡れた袖にまた涙を落としています

 源氏の君は御仏の御前に人をお呼びになって、心静かにお勤めなさいました。
「千年もご一緒に……と思っていたが、限りある別れが、大層口惜しいことであった。今は、蓮の露の願いが紛らわされることなく、来世を願う気持に揺るぎはない……」と、阿弥陀仏を念じてお祈りなさいました。

 ご法要の事もはっきりお決めになることもなく、大将の君が万事をなさいました。
  ご自分でも今が最期と覚悟されたようでございました。

  月日がはかなく過ぎてゆきました。
 


                                ( 終 )

 
        幻 (まぼろし)ー第四十一帖

 新しい年を迎え、人々が年賀に訪れなさいますのに、源氏の君は涙の乾く暇もなく、御簾の中にばかりおられまして、どなたにもお会いになりません。
 麗らかな春の光をご覧になるにつけても、

   わが宿は花もてはやす人もなし 何にか春のたづね来つらむ

      (訳)私の家には花を喜ぶ人もいないのに、どうして春が訪ねて来たのでしょう    

 兵部卿宮がおいでになりました。紅梅の下を歩くお姿が優しく見えますので、今はこの方の他に、僅かに咲きかけた花を愛でる人もいない……と悲しくご覧になりました。ご夫人方のところでさえ、所在ない折にお顔を出されることがありましたが、ただ涙ばかりがこぼれ落ちますので、ご無沙汰してお過ごしになりました。

 仏道のお心が深くなるにつけても、昔のことが思い出されて、
「一時の戯れであるにせよ、どうして愛する人を苦しめるような事をしたのだろう……。
 女三宮がご降嫁された折に、紫上は悲しみをお顔にはお出しにならず、思い沈んでおられたのが、今となれば何ともお労しい……。そしてあの雪の朝も、女三宮のところから戻ると、優しく迎える陰で、泣き濡れたお袖を隠しておられた……」等と、何もかもが大層悔やまれ、胸が苦しくなられました。

   憂き世には雪消えなむと思いつつ 思ひの他になほぞほどふる

      (訳)辛いこの世から雪のように消えてしまいたいと思いながら
         心ならずも まだ日々暮らしているとは……

 中将の君などの女房たちも、墨染の喪服を着て、今もお仕え申し上げていましたが、
「私が出世したら、この女房たちも嘆き悲しむことだろう。今を限りに別れ別れになってしまうのか……」と、思わず涙がこぼれるのでした。

 后の宮(明石の御方)は、三の宮(匂宮)を寂しさのお慰めとして、源氏の君のもとに残して、内裏にお戻りになりました。幼い三の宮が、
「お祖母様が仰いましたから……」と、御前の紅梅を大切にお世話なさいますので、源氏の君はそのお姿を愛しくご覧になりました。

 二月になり霞がかる頃、その紫上形見の紅梅の蕾も膨らみ、鶯がきて鳴きますので、廂に立ち出てご覧になり、またお袖を濡らしなさいました。

 植ゑて見し花のあるじもなき宿に 知らず顔にて来ゐる鴬

(訳)植えて眺めた花の主人もいない この邸に、知らぬ顔をして来て鳴いている鶯よ……

 やがて桜の花が咲き、藤が少し遅れて色づく前庭で、若宮は、
「私の桜が咲きました。何とかいつまでも散らないように、木の周りに帳を造れば、風も当たらないのに……」と可愛らしい思いつきを仰いますので、源氏の君はふと微笑まれました。この宮だけを遊び相手として、心慰めてお過ごしになりました。

 春が深まるにつれ、御前の花々が紫上がおられた昔と同じく、美しく咲き匂うのをご覧になりましても、御心は寂しく、俗世を離れた山寺が一層恋しくなってゆかれました。

   今はとて荒らしや果てむ亡き人の 心とどめし春の垣根を

      (訳)今、出家するとなると、すっかり荒れ果ててしまうのだろうか
         亡き人が心をこめて手入れなさった春のお庭も……

 所在ないので、入道の宮(女三宮)のところにおいでになりました。宮は仏の御前で、経を読んでおられましたが、何ほど深くお悟りになった様子もなく、仏道一筋に俗世を離れて穏やかにお暮らしですので、源氏の君には誠に羨ましく、
「このような思慮深くもない女にさえ、遅れをとったか……」と残念に思われました。 宮が何気なく仰った言葉さえも不愉快にお思いになり、紫上はどんな時にも心遣いが行き届いていた……と、奥ゆかしい人柄が偲ばれて、また涙を落とされました。

 夕霞が立ちこめる頃、明石の御方にお渡りになりました。久しくお渡りになりませんでしたが、大層優雅なご様子に「やはり他の方より優れている」とご覧になりました。「けれども紫上はより一層……」と、愛しい面影が浮かんできて、
「春が悲しく思われます。幼い頃からご様子を拝見してきましたので、ご臨終の悲しみはまた格別に辛く思われます。長年連れ添った人に先立たれ、出家もせずに、何と虚しく過ごしてきたことか……」等と、夜が更けるまで、ただ物語などをして、何事もなくお帰りになりました。翌朝、御文をお書きになり……、

   泣くなくも帰りにしかなかりの世は いづくもつひの常世ならぬに

      (訳)泣く泣く帰りました。この仮の世は どこも永遠の住みかではないので……

 明石の上は、夕べのご退室を恨めしくお思いになりましたが、院が萎れておられた御姿が大層お気の毒なので、涙ぐまれました。
 晩年このお二人は、互いに心を交わし合い、信頼できる仲となられることでしょう。

 五月雨の夜、大将(夕霧)がおいでになりました。物寂しいところに、雲間から月が明るくさし出し、花橘の優しい香りが漂ってきます。

   ほととぎす 君につてなむふるさとの 花橘は今ぞ盛りと

      (訳)時鳥よ亡き人に伝えてほしい 古里の橘の花は今が盛りですよと……

 寂しい独り寝がお労(いたわ)しいので、大将は時折泊まられましたが、紫上が生きておられた当時は、御簾に近づくことも許されなかった事を思い出し、感慨深くおられました。

  紫上の一周忌が迫り、御法事の準備で悲しいお気持も紛れるようでしたが、
「今までなんと空しい日々を生きて来たことよ……」と呆れる思いでおられました。
 御命日には上下の人々が皆集まり、曼荼羅などをご供養なさいました。

 源氏の君はついに出家を決心なさいました。然るべき事柄を整理すべく、長く仕えてくれた女房たちに形見分けをなさいましたので、女房達は「遂にご出家か……」と拝見するにつけても、悲しみの尽きないことで
ございました。
 紫上からのお手紙は特別にひとつに結んで、大切に残しておられましたが、亡くなった人の筆跡を見ると胸が痛くなり、涙が溢れますので、心を込めて書かれた言葉のすぐ横に、
「紫上と同じように、儚(はかな)い煙となって昇りなさい……」と書き添えて、その全てを焼かせなさいました。

 十二月、例年のとおり催された法会で、源氏の君は久しぶりに人前にお出ましなさいました。昔の御威光に増して、また一層素晴らしく見えますので、老齢の僧たちは涙を抑えられませんでした。

   もの思うと 過ぐる月日も知らぬ間に 年もわが世も今日や尽きぬる
  
      (訳)物思いして過ごした月日も知らぬ間に わが命も今日尽きてしまった……

  
                              ( 終 )


    光源氏の物語は「幻」の巻で終わりますが、次に「雲隠」を置くことが、通例とされています。
   平安時代の目録に巻名だけは残っていますが、本文はなく、作者が書かなかったものと思われます。
   次巻の「匂宮」までに、八年の時が流れ、その間に源氏の君は出家し、亡くなったものと窺えます。

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要約 「源 氏 物 語」
発行 2006年1月吉日
製作 WAKOGENJI
文・挿絵 小川和子
    古典「源氏物語」を読む会
 
 無断の複製・転載をお断りします。