やさしい現代語訳

源氏物語「蓬生」(よもぎう)第15帖


(源氏の君29歳の頃の物語)

登場人物の 系図     源氏物語の本で読む

 
 都に残された姫君は・・・
 須磨の浦で、源氏の君が涙を流して暮らしておられました頃、都でも様々に嘆いていらっしゃる多くの姫君がおいでになりました。なかでも経済的な頼りどころのある姫君にとっては、源氏の君に逢えないことこそが、悲しく辛いことでございました。
 二条院の紫上などは、寂しいながらも豊かでのんびりとした日々をお過ごしになりました。須磨の源氏の君にお便りをお遣わしになったり、官位を失われた源氏の君の無紋の御衣裳を仕立ててお送りする等して、日々心を慰めておられました。 
 それにひきかえ源氏の君の愛情を受けた姫君でありながら、世間に知られることもなく、源氏の君が都を旅立たれたご様子さえも、他人ごとのようにお聞きになった姫君たちこそ、実は内心大層お嘆きだったのでございます。

 常陸宮の姫君(末摘花)は、父宮が亡くなられて以来、後見人もない心細い境遇になられましたが、思いがけず源氏の君と契ることになり、それからはずっと生活の援助を受けておられました。源氏の君の盛大な御権勢からすれば、それは物の数でもなく、取るに足らない御情け程度のご援助でしたが、それをあてにする末摘花の貧しい暮らしからすれば、それはまるで満天の星を手元の盥 の水に映し、わが物としたように嬉しいことでした。しかし源氏の君が流離の身になられるという世の裁きが下されました頃、源氏の君も世の無情を大変辛く思い乱れておられましたので、特に愛情の深くない姫君のことはすっかり忘れてしまった様子で、遠い須磨に旅立ってしまわれました。そしてその後は、わざわざお便りなさることもありませんでした。

 末摘花は、しばらくの間、源氏の君が援助していた頃の名残で、泣く泣くでもお過ごしになれましたが、年月が過ぎるにつれ、ひどくお気の毒な状態になってしまわれました。昔からお仕えしていた女房などは、
「何とお気の毒な運命でしょう。 思いがけず神仏のように現れなさいました源氏の君の御情に巡りあって(人というものは、どこに幸運があるのか分からない。誠に有り難いことだ。)と思っていましたのに、無情は世の常とは言いながら、今また頼りにする方も全くない身の上になられ、誠に悲しうございます。」と、嘆いておりました。 
それでも昔はひどい暮らしに慣れて、言い表しようもない程の貧しさでも、誰もがあきらめて暮らしておりましたが、ひとたび源氏の君に逢い、少しの間だけでも世間並みの生活ができたことによって、今、その苦痛は一層耐え難く思えるのでございましょう。当時、源氏の君の保護を受けると聞いて、少し気の利いた女房たちが自然と集まって来てお仕えしていたのですが、皆、次第に散り散りに退散してしまいました。女房の中には年老いて死ぬ者もありましたが、時が経つにつれて、身分の上下に拘わらず、お仕えする者が少なくなってゆきました。

 父・常陸宮が亡くなられてから、御邸はますます荒れ果てて狐の巣のようになり、不気味でうっそうとした木立には、朝夕、ふくろうの声が耳慣れて聞こえていました。人の気配さえあれば、そのような物も退けられて、影を隠してしまうのでしょうけれど、今は樹木の精霊などの怪しいものたちが、堂々とその姿を現し、物寂しいことばかり多くあるのでございました。未だに御邸に残ってお仕えする女房たちは、もはや、どうしようもない気持でおりました。

 近頃、受領たちが自慢げに豪華な家造りをしているようで、この宮邸の立木などに目をつけては、「手放しませんか」と申し込んできます。女房が、
「その申し出をお受けになりまして、これほど怖ろしくない別の御邸に、お移りになって欲しいものです。ここはもう耐え難うございます。」と申し上げるのですが、末摘花は、
「まぁ、何と嫌なことを……。世間体もありますので、私が生きている間は、親の名残を失うようなこと等どうしてできましょうか。御邸は大層怖ろしげに荒れ果ててしまいましたけれど、父宮の御姿が留まっているような心地のする古い御邸だからこそ、心が慰められる気がして住んでいるのです。」と涙ながらに申されまして、女房の言うことに全く耳を貸そうともなさいません。
 邸内の御調度なども、大層古く使い慣れた美しい品なので(父宮がわざわざ名人に頼んで造らせた物だ)と、どこかから聞き出した骨董好きの者が、その古い御調度をぜひ売却してくれるよう、申し入れてきました。こうした貧しい家だと自然とばかにして言ってくるので、例の女房たちは、
「貧しさから家具を売るのは、世の常ですから仕方ありません。」
と、少しづつごまかして処分しては、さし迫った今日明日の貧しい生活を取り繕う時もありました。これに気付いた末摘花は、大層叱りつけて、
「父宮は、私がこの調度を使うようにと、職人たちに造らせなさった訳ですから、どうして身分の軽い人々の家の飾りになどできましょうか。亡き父宮のお気持に背くことは悲しいことです。」
と、申しなさいまして、古い家具をも手放すことも決してお許しになりませんでした。

 ほんの些細な援助でさえ与えようと末摘花邸を訪れる人は誰一人ありませんでした。ただ兄の禅師の君だけが、たまに京においでになった折にちょっとお立ち寄りになるのですが、この方も比類ないほどの昔風な方で、末摘花と同じように、経済的な手段の全くない俗世を離れた聖でおられましたので、この宮邸の茂り放題の蓬・雑草を取り除いてやろう等とは、思い付きもしませんでした。
浅茅は庭の面が見えないほどに茂り、蓬・雑草は軒の高さに達するまでに伸び、葎 (つる草)は西東の御門を閉じ込めたように生い茂っていました。また崩れた土垣を馬や牛などが踏みならしてしまい、春夏になれば、牧童の少年が邸内で放し飼いをしますのが、末摘花には誠に不愉快なことでございました。

八月、野分(台風)の吹き荒れた後、廊などが倒れ、下人が住む心細い板葺きの建物などは、骨組みだけがわずかに残る有様で、そこに踏み止まって仕えてくれる下人さえも、いなくなってしまいました。煮炊きする煙もすっかり絶えて、悲しく惨めなことのみ多くありました。盗人などのむこうみずな連中でさえ、あまりにも貧しいからでしょうか、この宮邸を通り過ぎて、立ち寄っても来ないのでした。
 このようにひどく荒れた野原の藪のような御邸ではありますけれど、さすがに寝殿の内だけは昔の家具などが昔のままに置いてありまして、艶やかに掃除をする女房も今はなく、塵は積もっておりますけれど、紛れもなく立派な御住処に、末摘花は暮らておられました。どうということもない古歌や物語などを読んで、日々の退屈を紛らわしなされば、心慰められるのでしょうけれど、この姫君は心幼くそのようなことには、少しも興味をお持ちになりません。 特に急いでする事のないような暇な折には、気の合う人と手紙を交わすなどすれば、多感な若い人ならば、四季の草木につけても心慰められることになるのですが、この末摘花は父宮の躾なさった御心そのままに、世間を疎ましきものとお思いでしたので、時たま手紙をすべき方々に対してさえも、全く親しくなさいませんでした。
 古い書棚を開いて、絵に描かれた「唐守」「藐姑射の刀自」「かぐや姫」などの物語を引き出して、退屈しのぎの遊び物にしていらっしゃいました。古歌などは、趣のあるものを選び出して、その詞書や作者がはっきり書かれたものが、歌の心がよく分かり面白いのですが、この末摘花は、古くけばだった紙屋紙や陸奥紙に興ざめに書かれたそのような古歌などを、物思いに沈みがちな折には、広げてご覧になりました。今の若い人がするように経を読んだり勤行を行うことなどは、全然気が向きませんので、数珠などを手に取られることもありませんでした。このように末摘花は昔どおりに格式張って暮らしておられたのでございます。

 この末摘花の母・北の方の妹君で、今はすっかり落ちぶれて受領の妻になっている方がおられました。その方は娘達を大切に育てておりました。気の利いた若い女房の侍従は、全く知らない所よりは親たちも通い来ていた所だからと思って、時々この受領の家に出入りをしていました。しかし末摘花は人付き合いの良くない性格でしたので、叔母上にも親しくはなさいません。この叔母は、
「姉上(末摘花の母)は、身分の低い所へ嫁いだ私を軽蔑して、世間に顔向け出来ないとお思いでしたので、今、姫君の生活が貧しく気の毒な状態になっても、私からお世話してあげることはできないのです。」
と侍従に言い聞かせながらも、時々末摘花にお便りするのでした。
 もともと受領のような身分の低い者は、高貴な人の真似をして心を繕い、気位を高く持つ者が多いのですが、この叔母は高貴の血筋に生まれながら、こんな身分にまで落ちなければならない運命だったからでしょうか。心根の少し卑しい人でございました。
「私がこのように落ちぶれた身分として軽蔑の眼で見られてきましたので、これからは、この哀れな姫君を、自分の娘たちの召使いとして扱い、今までの恨みを晴らしたいものだ。この姫はご性格が古風なところもあるけれど、安心できる娘たちの世話役になるだろう。」
と、考えておりました。そこで時折この邸においでになって
「姫君の琴の音を拝聴したいという人がいますので、是非わが家においで下さい。」
等と、言葉巧みにお誘いしました。さらに長い間離れずに末摘花にお仕えしていた侍従が、時々参上しお仕えしていた斎院が亡くなられ、大層悲しく心細くなっておりましたので、なお一層お勧め申し上げましたけれど、末摘花は人に逆らう心はないのですが、極端に遠慮なさいまして心を開きませんので、叔母上のほうではこの姫を憎らしくさえ思っていたのでございます。

 やがてこの叔母上の夫が太宰府の大弐(次官)に任命されまして、娘たちをそれぞれ結婚させておいて、夫婦で九州に下ることになりました。北の方はこの末摘花を伴って下向する気持がなお強く、「私はいつもお見舞いすることはありませんでしたが、近くに住んでいる間はよかったものの、これからは遙か九州に下ってしまいますので、心細い生活をしておられる姫君が、おいたわしく心配でございます。」
と、更に下向をお勧めしますのに、末摘花は一向に承知なさいません。 遂には、
「何と憎らしいこと。偉そうに……。自分だけが思い上がっていようとも、あんな薮原に長年暮らしている姫を、源氏の大将殿が大切な女性とお思いになるはずがないでしょう。」
と、恨みに思っておりました。

 そのうちに源氏の君は世間に許されて、京にお帰りになりました。天下は大喜びとなり、人々は皆立ち騒いでおりました。何とか人より先に、源氏の君への深い敬意があるところをご覧にいれようと競い合っていました。源氏の君は男も女も、身分の高い者も低い者も、競い合う人々の心の内をお思いになって、しみじみと哀しく世の無情を悟りなさいました。このように慌ただしい時に、源氏の君が末摘花を思い出すご様子もないまま、月日が経ちました。

 長いこと流離の身におられた源氏の君を、末摘花は悲しく想いながら(萌え出る春に逢ってほしいもの……。)と念じ続けておりました。礫や瓦のような卑しい身分の人々までもが源氏の君のご昇進を喜んでおりました時にも、この末摘花はよそごととして聴かなければならなかったのです。(源氏の君が須磨へ離京なさったことを、自分一人の不幸のように悲しんでいましたのに、こんなに長くお逢いできないとは、お慕いする甲斐のないご縁だったのか……)と心乱れて、大層辛く悲しくなられ、人知れず声を上げてお泣きになりました。
 大弐の北の方(叔母)は、
「それ見たことか。あのように経済的に頼る人もなく、人目も悪いほど貧しいこの姫を、恋人と思う人などあるものか。仏や聖も罪の軽い者ほど、よくお導き下さるといわれますのに、このような貧しい生活でありながら、なおお高くとまってお過ごしなさるとは……。」
さらに、常陸宮や北の方のご在世の頃そのままに、高慢に慣れてしまわれました姫のご性格を、誠に哀れで馬鹿げていると思い、
「やはりご決心なさって九州においでなさいませ。世の中が辛くなった時、人は山路を訪ねて旅に出るというではありませんか。田舎は嫌な所だとお思いでしょうけれど、決して体裁の悪いお扱いなどいたしません。」
などと、大層言葉巧みに申しました。すっかり落胆している女房たちは、
「叔母様の仰る通りになさればよいのに……。行く末、どうせ大したことのない御身を、どうしてこれほどまで頑 なにお断りなさるのでしょうか。」
と、非難しておりました。

 あの大弐の甥にあたる男が、末摘花に長くお仕えしていた侍従に言い寄って、関係ができてしまいましたので、九州に侍従を連れて行くことになりました。侍従は姫をここに残し見放し申し上げるのを大層心苦しく思いますので、九州への下向をお勧め申し上げましたけれど、末摘花はまだ、遠く離れて久しくなってしまった源氏の君に、ただ一途に頼みをかけておられたのでございました。末摘花の御心のうちで、(これから年月が経つうちには、源氏の君がこの私を思い出してくださる折がきっとあるに違いない。源氏の君はあんなに心深くお約束なさったのですから……。今、このようにすっかり忘れられていますけれど、風の便りにでも、私がこのように辛い境遇にあることをお聞きになったならば、必ずやご訪問くださるに違いない。)と信じ続けていらっしゃいました。源氏の君が来た時に不都合であるからと、お邸の有様も昔と変わりなく、驚くほどひどくはなりましたけれど、ご自分の意志から、御調度なども売り去ることなどなさらずに、我慢して悲しくお暮らしでございました。 末摘花が泣いているお顔は、ちょうど紅い木の実をひとつ、顔の真ん中につけたままにしている山人のように見えます。その横顔などは、普通の恋人でもとても我慢のできるものではないのですが、これ以上詳しくは、末摘花にお気の毒で口が悪いようですので、申し上げないでおきましょう。

 やがて冬になりました。末摘花にはますます頼る人もなく、悲しげにぼんやりと物思いに沈んでお過ごしにました。その頃、二条院では故桐壺院のご供養のため、法華御八講が催されました。世の中が揺れるほどに盛大に催され、平凡な僧はお召しにならず、特に学才の優れた、深く修行に浸んた尊い僧だけを選びなさいましたので、禅師の君(末摘花の兄)も参上なさいました。その帰りに禅師の君は、末摘花のところにお立ち寄りなさいまして、
「これこれのことで、権大納言殿(源氏)の御八講に参列して来ました。大層尊くこの世の極楽浄土と思えるほど、立派で興味深い事をし尽くしなさいました。源氏の君のお姿は仏、菩薩の化身のようでございました。そんな尊い方が、末世に現れるという五つの濁り(刧濁・見濁・命濁・煩悩濁・衆生濁)深き世に、どうしてお生まれになったのでしょうか。」
と話をして、そのままお帰りになりました。禅師の君は普通の兄妹とは思えぬほどの心浅い様子で、世間話すら話し合うこともなさいません。
「それにしても、こんなにも不幸で悲しい妹を見過ごしなさるとは、心の冷たい仏菩薩だなぁ。」
と、末摘花には恨めしく思えまして、
「皆に見放され、もう源氏の君との縁も終わりのようだ。」
と、ようやくお気付きになりました。

 そんな時に大弐の北の方が突然おいでになりました。それほど親しくしてはいなかった末摘花を、ご自分の下働きとして九州にお連れしようと下心があって、姫のお召しになる御装束などを準備して、得意げな顔つきで立派な御車に乗って来て、宮邸の門を開けさせなさいましたが、邸内はみっともないほど荒れ果ておりました。門の左右の扉もみな崩れ倒れていますので、お供の下男たちが何とか開けました。陶淵明の詩にあるように、この雑草の中にもどこかに三つだけ道がついているはずであると皆で捜しまして、やっと寝殿の正面にわずかに格子が上げてあるところがありましたので、そこに御車を寄せました。 
 驚くほどすすけた御几帳の向こうから、侍従が出てきました。長い間の苦労にすっかり痩せ衰えていますが、なんとなく上品で奥ゆかしい様子ですので、畏れ多いことですが、姫と侍従のご容貌を取り替えた方が良いようにさえ見えました。
 「旅立とうと思いながらも、姫のお気の毒なご様子を見捨てがたく、今日は侍従のお迎えがてら、お訪ねいたしました。貴女は私を嫌いとお思いになって、ご自分からは私の邸をお訪ねにならないようですが、せめて侍従だけでも連れて下向することをお許し頂きたいと参りましたのに、まさか、これ程までに惨めな生活をなさっておいでとは……。」
と、泣き出しそうに申し上げなければいけませんのに、実は、これから長官夫人として筑紫へ行く道に思いをはせ、大層希望に燃えて快い様子でございました。
「故常陸宮がご在世の時には、私を一門の不名誉だと見捨てなさいましたので、私の方も疎遠になっておりましたが、今まで長い間、私の方から恨みに思ったことはありません。姫君は高貴で気位を高く持ち、源氏の大将殿などもお通いになるような御縁を畏れ多く思われましたので、親しく出入りすることをご遠慮申し上げておりました。世の中は源氏の君が流離の身になられるように、誠に無情なものですが、私のように取るに足らない身にとっては、かえって気楽に暮らせるものでございます。悲惨な姫君のご境遇を思いますと、近くに住んでいる間には何かの力になれると思っておりましても、遙か九州に下向してしまいますならば、姫のことがとても心配でお気の毒に思われます。」
等と、申しました。しかし末摘花は心打ち解けず、
「ご好意は嬉しいのですが、世間並みでない私が、どうしてご一緒できましょうか。ここにいてこそ朽ち果てもしましょう。」
と、だけお答えなさいました。
 「そうお思いになるのもごもっともですけれど、このように不気味な所に住むなど考えられません。源氏の大将殿がこの宮邸を改修して磨き上げてくださるのならば、今までと変わって珠のように美しい邸になることもあろうかと頼もしくございますが、源氏の君は、今は兵部卿宮 の御娘(紫上)より他に愛情を抱く女性はいないようです。昔から好色な御心をお持ちの方でしたのに、一時のお慰め程度にお通いになりました女性には、今はすっかり心が離れてしまわれました。ましてや姫君のように、こうも惨めなご様子で藪の原に過ごしていらっしゃる女性を『心清く我を頼みにしてくれた愛しい人』とご訪問くださることは、まず難しいことでしょう。」
と、言い聞かせますと、末摘花はもっともだとお思いになって、大層悲しくさめざめお泣きになりました。それでも心が動く様子もありませんので、あれこれ説得をしましたが、ただ時だけが過ぎてしまいました。
 日が暮れてきましたので、北の方は「では、せめて侍従だけでも……」と急かしました。侍従は心慌ただしく泣く泣く、
「それならば今日はお見送りだけに行ってまいります。北の方が仰る事ももっともですし、又、姫が思い悩むこともごもっともなことでございます。お二人の間にたって見ている私も辛うございます。」と、北の方の耳に入らないように、こっそりと姫に申しました。末摘花はこの侍従さえも自分を見捨てようとしていることを、恨めしくも悲しくも思いますけれど、引き留めようもなく、ただ声を上げて精一杯お泣きになりました。
 形見として侍従に与えたい着慣れた衣裳も大層古いものですので、長年仕えてくれた感謝を表す物が何もありません。そこで末摘花はご自分の落ちた御髪を取り集め、かもじにした九尺余りの美しい髪を風情ある箱に入れて、それに大層香り高い薫衣香を一壺添えてお贈りになりました。

   絶えまじき すぢを頼みし玉かずら 思いのほかにかけ離れぬる

     (訳)絶えるはずのない縁だと頼りに思っていたのに、貴女も私から思いがけず遠くに離れていってしまうのですね。

 亡き乳母の遺言もありましたので、私が仕え甲斐のない身の上になろうとも、最後まで世話をしてくれると思っていましたのに、見捨てられるのも当然ですけれど、誰に私の世話を託していくのでしょうか、恨めしいこと……」
と、大層お泣きになりました。この侍従はもう何も申し上げることができないほど悲しく、
「母の遺言は今更申し上げるまでもありません。長い年月、耐え難い日々を共に過ごしてきましたのに、思いがけない旅に誘われて、遙かな遠い国に旅立つことになろうとは、

   玉かずら 耐えてもやまじゆく道の たむけの神もかけて誓わん

     (訳)姫との縁は決して終わることはありません。これから行く道のたむけの神に願をかけてお誓いいたしましょう。

命のある間は姫君に誠意をお誓い致しましょう……。」と、申しました。北の方に、
「もう、すっかり暗くなってしまったよ。」
と、小言を言われましたので、気もそぞろに御車に乗ってしましたが、侍従は末摘花のことが大層気がかりの様子で、何度も後を振り返っていました。長い間、辛い思いをしながらも、側を離れずにお仕えしていた女房が、遂に別れて行ってしまいましたので、姫はますます心細くお思いになりました。他の御邸でも雇われることのないような老女房さえ、
「侍従が出ていったのも無理もないことですよ。どうしてこのままここに留まることができましょうか。私達だってもう我慢できません。」
など、各々、縁故ある頼りどころを捜すなどして、末摘花邸に留まりたくない様子なので、それを聞く末摘花には辛いことでございました。

 霜月になり、雪に霰 が混じるようになりました。よその庭では雪が解けて消える間もあるのでしょうけれど、この宮邸では、夕日を遮る丈の高い蓬やつる草の影に雪が深く積もって、まるで越前の白山が思い出されるようでした。そんな深い雪の中にいて、今はもう御邸に出入りする下人さえもなく、末摘花はただ所在なく物思いに沈んでいらっしゃいました。取りとめのない話をしては心慰め、泣いたり笑ったりして気を紛らわしていた侍従さえも今はなくて、夜には塵に汚れた帳台の中で、独り寂しくお寝みになりました。

 二条院では、久々の源氏の君のご帰京ということで沸きかえっておりました。紫上のもとにお帰りになれた御心から、源氏の君は特にご寵愛の深くない女性の所へご訪問などなさいません。ましてや、あの姫はまだ生きておいでかという程度に末摘花を思い出しなさる折もありましたけれど、お訪ねなさろうというお気持ちなど全く起こらぬままに、やがて年も変わりました。

ある日、源氏の君が末摘花をお訪ねになり・・・
 卯月になり、源氏の君は花散里を思い出しなさいまして、紫上にご了解いただいてから忍んでご訪問をなさいました。何日か降り続いた名残の雨が今少し降り注いだ後、美しい空に月が差し出てまいりました。昔のお忍び通いが思い出されるような艶なる夕月夜、花散里のお邸へ行く途中、木立が森のように生い茂った荒れ果てた御邸の前を通り過ぎなさいました。高い松の木に藤の花が咲きかかり、月明かりで風に揺れてほんのりと慕わし薫りがいたしました。橘の花とは違った風情がありますので、源氏の君は御車から御身を乗り出してご覧になりますと、柳が大層しだれかかり、土塀に遮られずに垂れ伏しておりました。前に見たことのある木立だとお思いになるも、それもそのはずで、この邸は常陸宮邸でございました。源氏の君は大層胸を打たれる思いがして、牛車を止めさせなさいました。 
 源氏の君は惟光をお呼びになりました。
「ここは常陸宮の邸だったね。」
「その通りでございます。」
「ここに住んでいた姫君はまだ寂しくお暮らしだろうか。お訪ねすべきだけれど、わざわざ出かけるのも高貴な身分としては出来そうもない。この機会に御邸に入って、お逢いしたい旨伝えてきなさい。相手が誰なのかよく確かめてから申し伝えなさい。人違いをしてはなりません。」
と、仰せになりました。
 末摘花には、ますます物思いが深く侘びしくなる頃で、つくづくと眺め暮らしておいでになりました。その日の昼、うたた寝の夢に故常陸宮をご覧になりまして、目覚めてからもその名残に悲しくお思いになって、雨が漏って濡れている廂 の間の端を布で拭わせて、あちらこちらを取り繕ろわせなどして、いつもと違って歌などお詠みになりました。

   亡き人を恋ふる袂 の暇なきに 荒れたる軒の滴さへそふ

      (訳)今は亡き父宮を恋ふる涙に濡れた袂の乾く間もなく、荒れた軒の滴もさらに加わって濡れてしまいます。

 惟光は荒れ果てた邸内に入りまして、あちこちと巡り歩き、人のいる物音のする所があるかと捜してみましたが、全く人の気配もありません。
「思った通りだ。これまでこの邸の前を行き来する度に覗いてみましたが、人の住んでいる気配もなかったのだから……」
と、源氏の君のところに戻ろうとした時に、折しも月が明るく差し出てきました。今一度よく見ますと、格子を二枚ほど上げた所で、中の御簾が少し動いたように見えました。荒れ果てた邸なので、少々怖ろしい気持がしましたけれど、近づいて咳ばらいをしてみました。すると大層年老いた声で、まず咳ばらいをしてから、
「そこにおられるのは、どなた様ですか。」 
惟光は名乗ってから、
「侍従の君という方にお逢いしたいのですが……」
「その方はよそに行きました。けれど同じような女房ならおります。」
と、以前に聞いたことのある女房の声がしました。
 御簾の内側には末摘花がおられたのでございます。思いもよらず狩衣姿をした男が邸内に入ってきて、その物腰が優しいので、こういう上品な男を見慣れない女房たちの眼には、もしや狐の変化では……と思われました。惟光が近くによって、
「はっきりとお聞かせくださいませんか。もし姫君が昔と変わらぬお気持ならば、源氏の君がお訪ね申し上げたいご様子です。今宵もこの宮邸の前を通り過ぎることが出来ずに、御車を止めさせておいでになりますので、どう主人にご返事申し上げたらよいでしょう。私は怪しい者ではございません。どうぞご安心下さい。」
と、申しますと、女房たちは安心したように笑って、
「姫の御心が昔と変わってしまったならば、このような浅茅原を引越さずに、今まで源氏の君の訪れをお待ちになりましょうか。どうぞご推察なさいまして、源氏の君に申し上げてください。私達のような老女房にも驚くほど惨めな姫のご生活を拝見しながら、今日まで暮らしてまいりましたが……」
と、だんだん打ち解けてぽつぽつ長い昔話が始まるようなので、惟光は面倒に思い
「もう、よいよい。まず、ともかくもご報告申し上げましょう。」と源氏の君の所へ戻りました。

 「どうしてこんなに長く時間がかかったのかね。邸内はどうだったのか。昔の道跡も見えないほど蓬が生い茂っているようだが……。」と、源氏の君に問われ、
「邸内を尋ねてまいりますと、侍従の叔母の少将という老女房がおりまして……」
と、その様子を申し上げました。源氏の君は末摘花を非常に気の毒にお思いになって
「このような雑草の茂った中で、どんな思いでお過ごしだったのだろうか。こんなに長い間お見舞いに訪れなかったとは……。」
と、ご自分の御心の情の薄さを思い知らされたのでございました。
「どうしようかね。このようなお忍び歩きもこれからは難しくなるだろう。この機会でなくては、立ち寄ることもできまい。末摘花は昔と変わらぬお気持でおられたのか……そういうお人柄だった。」と、仰せになるものの、いきなり邸内にお入りになるのは、やはりはばかられるようでございました。そこで趣のある歌でもお贈りしたいと思われましたけれど、以前のように、末摘花の口の重さも今も変わらないならば、返事を待たされる遣いの者が、煩わしい思いをするのも可哀想なので、お手紙を差し上げることも思い留まりなさいました。源氏の君が直ぐに踏み分けて入ることも出来ないほど蓬に露が降りていましたので、惟光は、
「少し下人に露を払わせてから、お入りになった方が良いでしょう。」と申し上げました。

   尋ねても 我こそとはめ道もなく ふかき蓬のもとの心を

      (訳)道もない深く茂った蓬の中でお暮らしの姫君のお気持を 私こそ訪ねてお聞きしたいものです。
 
源氏の君は独り言のようにつぶやかれ、やはり直ぐに御車をお下りになりました。惟光は足もとの草の露を馬の鞭で払いのけながら、邸内にご案内いたしました。雨の滴が秋の時雨のように降りかかりますので、
 「御傘がございます。木の下の滴は雨よりも濡れてしまいますので……」
と、源氏の君に傘をさしかけました。 源氏の君の指貫の裾はすっかり濡れてしまいました。昔でさえ、あるかないかの中門は、今は跡形もなく、源氏の君がお忍びで中にお入りになる御姿を隠す門としては、何の役にも立ちませんが、ここにはそれを見る人さえ誰もおりません。
 末摘花はいつかは逢えるとその日を心待ちにしておられましたが、それが確かとなり、大層嬉しく思いますものの、この貧しい生活を知られることが恥ずかしいですので、源氏の君にお逢いすることも大層きまりが悪くお思いでした。以前、大弐の北の方がお持ちになった御衣を、末摘花は「嫌いな人からの贈り物」と見向きもしなかったのですが、老女房が香をいれる御唐櫃にこれを入れておきましたので、大変慕わしい薫りがします。末摘花はほかに美しい着物もありませんので、仕方なくお召し替えをなさいまして、煤けた御几帳を側に引き寄せて座っておりました。
 源氏の君はお部屋にお入りになり、
「長い間ご無沙汰しましても、私の心は変わらず姫君を想い続けておりました。こんなに貴女を想っているのに、姫からはお手紙もくださらなかった恨めしさに、今まで貴女の心を試すつもりで冷淡を装っていたのです。しかし三輪の杉ではないけれど、宮邸の木立がはっきり昔のままでしたので、通り過ぎることができませんでした。貴女に負けて私の方から出かけて参りました。」
と、御几帳の帷子(垂れ絹)を少し明けなさいますと、末摘花が例のようにただ恥ずかしそうに座っておりました。しかしやはり例のとおりお返事をなさいません。それでもこんなに草深い中を分け入ってお入りになるほど、源氏の君の愛情が深いことを知り、末摘花は勇気を奮い起こしてかすかに何かを仰いました。源氏の君は、
「こんなに蓬生い茂った中に隠れてお過ごしの長い年月を思いますと、誠にお気の毒で心痛みます。貴女の御心も分からないままに、藪の中を露に濡れて踏み分けてまで入って参りました私を、貴女はどうお思いになるのでしょうか。今日まで長い間ご無沙汰した事は、世の中の事情が悪かったとお許しいただけるでしょう。これから私が貴女に誠実でない事をした時には、私が充分に責任を負いましょう。」等と、心にもない事を情深げに申しなさいました。眩いほどの源氏の君がこの荒れ果てた宮邸にお泊まりになるのは不都合に思えましたので、もっともらしい口実を作って、御邸から帰ろうとなさいました。自分で植えた訳ではないけれど、すっかり高くなった松の木をご覧になり、長い年月の隔たりをしみじみお感じになり、源氏の君ご自身の辛い逆境にいらした頃のことを思い続けられました。

   藤波のうち捨てがたく見えつるは まつこそ宿のしるしなりけれ

     (訳) 松に咲き揺れていた藤の花を通り過ごすことが出来ないと見えたのは、松が私の来訪を待つしるしだったからなのでした。

 数えてみれば、年月がすっかりたってしまいました。都には変わってしまった事が多くあり、様々に心に染みることがございました。そのうちゆっくりと、須磨、明石で力衰えていた頃の物語をお話し致しましょう。貴女も長い年月の春秋の辛い暮らしぶりなどを、私よりほかに誰に訴えることができるでしょう。」
と、源氏の君が申しなさいますと、末摘花は、

   年を経て 待つしるしなき我が宿を 花のたよりに過ぎぬばかりか

     (訳)長い年月、源氏の君をお待ちするその甲斐もなかったわが宿を、藤の花をたよりにただ通り過ぎるばかりだったのでしょうか。

 ほんの少し身じろぎをなさった様子もほのかに漂う袖の薫りも、昔より感じがよく大人っぽくなられたと源氏の君はお感じになりました。

 月が落ちる頃になり、西の妻戸の開いた側には、遮るような渡殿などもなく、軒先も朽ちて残っていませんので、月の光が大層華やかに差し込んできます。明るく室内が見渡され、昔と変わらぬ御部屋の様子などは、忍草が生い茂った外見よりは雅やかに見えました。昔の物語に貧女が御几帳の垂れ絹を着物に仕立てて着たという話があるのを思い出され、末摘花が同じように長い年月を過ごしておられたことを哀れにお思いになりました。さすがに上品であるのも心ゆかしく、長い間お訪ねしなかった事を思うと、心痛み大層いとおしくお思いになりました。
 この後お訪ねになった花散里も、鮮やかに今風に華やぐ方ではありませんので、末摘花から花散里に眼をお移しになったところで、格別のこともなく、末摘花の欠点は隠れて気にならなかったようでございました。

 卯月、賀茂の祭りの御禊のある頃、その用意のための品という名義で、人々が源氏の君に献上した品物が沢山ありますのを、源氏の君は然るべき女性に対し御心をお寄せになり、品物をお配りになりました。中でもこの末摘花には細やかにご配慮をなさいまして、親しい側近たちにご命じになり、下人などを末摘花のところにお遣わしになり、生い茂った蓬を刈り払わせ、御邸の周囲の見苦しい所に板垣を打ち付けて修理をさせなさいました。けれども末摘花をお訪ねなさいましたことが、人々の噂になるのは不名誉なので、ご自分から末摘花邸にお出かけになることはありませんでしたが、御文を大層細やかにお書きになりました。
 二条院に近い所に御邸を造らせなさいまして、末摘花に、
「そこに貴女をお迎えいたしましょう。好ましい童女などを集めてお仕えさせなさい。」
などと仰せになり、女房たちのことまで思いやりつつお世話なさいました。このように荒れ果てた蓬深い御邸には、源氏の君のご心遣いは身に余るほど有り難いことですので、皆、空を仰ぎ、源氏の君のお住まいの方に向かって拝むのでした。
 かりそめのお戯れごとでも、源氏の君は平凡な女性には関心をお示しになりません。少しでも優れたところがあり心惹かれる女性を捜してご訪問なさるものと人々は噂をしていましたのに、このように全く違って、何事にも際立ったことのない末摘花を大切な女性としてご待遇なさるのは、一体どういう御心なのでしょうか。これも前世からの契りに違いないのでしょう。
 末摘花に見切りをつけて、散々に去っていった女房たちは、我も我もお仕えしようと争って宮邸に戻って参りました。末摘花のご性格は、内気すぎるほど気立ての良い方でございますので、それをよいことに、気楽にお仕えすることに慣れてしまった女房たちが、ただの受領の家に雇われ、今まで経験したことがないようなきまりが悪い思いをした者もあって、無遠慮な心を見せて、また宮邸に戻って来ました。
 以前にも勝る御威勢の源氏の君は、物事の思いやりも以前にまして深くなられましたので、末摘花にも細やかにお心遣いなさいまして、末摘花邸には活気が出てきて、次第に人の気配が見えるようになりました。これまで源氏の君にあまり目をかけてもらえなかった下家司などは、源氏の君が末摘花を夫人として御心を留めていらっしゃるようだと見て取り、末摘花にお仕えしたいと申し込んできて、追従してお仕えするようになりました。
 茂り放題の草木も、以前は気味悪く哀れに感じられたけれど、庭のやり水の導水をさらい、前栽の木の根本も涼しげになりました。

 この宮邸に二年ほどお過ごしになった末摘花は、その後、二条院の東の院にお移りになったのでございます。源氏の君がお通いになることは大層難しいことでしたけれど、二条院の邸内ですから、何かのついでに、東の院にお渡りの時にはちょっとお立ち寄りになり、決して軽視するようなご待遇はなさいませんでした。
 
 あの大弐の北の方が九州から上京して驚く様子や、侍従が姫君のご様子を嬉しく思いますものの、もうしばらくお待ち申し上げなかった自分の心をどんなに悔いたかなどを、もう少しお話ししたいのですが、大層頭痛がして、面倒で気が進みませんので、そのうち、ついでのある折に思い出してお話申し上げることにいたしましょう。

( 終 )

 源氏物語ー蓬生(第十五帖)
 平成十三年初冬 WAKOGENJI(訳・絵)

 

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