やさしい現代語訳

源氏物語「常夏」(とこなつ)第26帖

(源氏の君36歳、玉鬘22歳、紫上28歳の頃の物語)

登場人物の 系図     源氏物語の本で読む

   大層暑い日、源氏の君が東の釣殿に出て涼んでおられますと、中将の君(夕霧)が参上されました。親しい殿上人も多数おいでになりましたので、桂川から献上された鮎や、加茂川の鰍を御前にて調理させておられますと、例の大殿(内大臣)の公達も中将のところをお訪ねになりました。

 「退屈で眠たい時に、折よくおいでになりました……」と御酒をお勧めになり、氷水を取り寄せて、水飯などを、それぞれ賑やかに召し上がりました。風はよく吹きますけれど、曇りない空の西日はまだまだ暑く、蝉の声なども苦しげに聞こえます。

 「水面の上に座っていても、まったく役に立たないほどの今日の暑さよ。失礼をお許し下さるでしょうね……」と手すりに寄り掛かりなさいました。本当に酷く暑い頃には、管弦の遊びなども辛いことですし、さすがに暮らし難く思われました。宮仕えする若い人々には、特に耐え難いことでしょう。直衣の紐も解かずにお仕えしておりますので、
 「ここにいる時くらいは、気楽になさい。世間の珍しくて目が覚めるような事を聞かせて下さい。近頃は何となく年寄りじみた気がして、世間のことも気がかりですから……」などと仰いました。けれども珍しい事といっても、強いてお話しするような物語も思いつきませんので、皆、ただ畏まって、涼しい高欄(てすり)に背中を寄せかけておりました。

 「最近、内大臣が外腹の娘を捜し出し大切にしている……と、伝える人がいたが、それは本当のことか」と、源氏の君が弁少将(内大臣の息子)にお尋ねなさいました。
 「大袈裟に言うほどの事でもありませんが、この春頃、父大臣が見た「夢」についてお話しなさいましたところ、人伝えに聞いた女が『私こそ、聞いてもらいたい事がある……』と名乗り出てきました。中将の朝臣(兄)が聞きつけて『誠にそのような関わりがあったという証があるのか……』と尋ねて調べましたが、結局、詳しいことは知ることが出来ませんでした。最近、世間の人々が珍しい話として噂しているようです」

 「このような事こそ、自然に家名に傷がつくことですが、内大臣は真実の事とお思いになって、ご自分の子供として列から離れた雁を、強いて引き取りなさいましたのは、何とも欲張りなことだ。この私にこそ、本当に子供が少ないので、そんな種(くさわい)が出てきてほしいものだが……、名乗り出るのさえも面白くないと思っているのか……この耳にさえ入ってきません。それにしても、全く関係のない娘ではないでしょう。みだりに女のところに紛れ歩いていた頃のことですから……、清らに澄んでいない水面に映る月に、曇りないということがあろうかと、微笑みがちに仰いました。

 中将の君(夕霧)も既に詳しくお聞きになっていたことなので、真面目な顔ではいられません。少将と藤侍従とは、「何ともひどい仰り様だ……」と思っておりました。

 「朝臣。せめてそのような落葉でも拾ったらどうだい。悪い評判を残すよりも、雲居の雁を諦めて、その妹(近江の君)と結婚して心慰めるのも、何の悪いことがあろうか……」と、夕霧をからかいなさるのでした。

 上辺は仲のよさそうな源氏の君と内大臣も、昔から、やはり仲がよくはないようで、
 「夕霧にひどく恥をかかせて、辛い思いをおさせになる内大臣の心の冷たさを、腹立たしく思っている事実について漏れ聞きなさるといいのだが……」とお思いでございました。

このような噂をお聞きになるにつけても、この対の姫君(玉鬘)を父・内大臣に引き逢わせた時に、軽々しく扱われるようなことにはなるまい。内大臣は大層ご立派で、物事をきちんと処理なさる方なので、善し悪しをはっきりと区別なさり、誉めるところは誉め、非難すべきところでは非情に扱うことをも、人一倍なさる方ですから、きっとこの私を腹立たしくお思いになるであろう。しかし思いがけない形で玉鬘を差し出したなら……、私を軽く思うようなことは決してできないだろう。その日まで玉鬘を大切にお世話申し上げようとお考えになりました。

 夕暮れになり、ようやく風も涼しくなりました。若い公達が帰りを躊躇っておりますと、

 「気楽に涼みましょう。だんだんと若い人達から嫌がられる年齢になってしまったなぁ……」と仰って、西の対(玉鬘)にお渡りになりました。公達は皆、見送りについておいでになりました。黄昏時で辺りが薄暗くはっきりしない頃に、皆が同じ直衣姿で見分けにくいので、玉鬘に、

 「せめて、もう少し御簾の外へ出ていらっしゃい……」と仰いました。さらに声をひそめて、

 「少将や侍従たちを連れて参りましたよ。飛んででも来たいほどに貴女を慕っている、あの中将(柏木)を連れてこなかったのは、何とも気が利かないことだが……。この人達は皆、貴女を想う心なきにしもあらずのようです。普通の娘でさえ、大切に育てられている年頃には、身分相応に心惹かれるものでしょう……。世間では、この六条院の評判を、実情より大袈裟に言ったり思ったりするようです。ここには女君たち(明石姫君・秋好中宮)もお住まいなのですが、男達が恋をして言い寄るには相応しくはない。こうして玉鬘がここにいらっしゃるお陰で、何となく物足りない時に、貴女に恋い慕ってくる男達の気持の深さを見比べては、退屈な心を紛らわしたいという、わが本意が叶う心地が致します」などと申しなさいました。

 御前の庭には、種々の花が乱れ咲くような前栽は植えさせずに、垣を大層優美に結い造って、撫子の色を整えて唐撫子・大和撫子のみを植えてありますので、その咲き競う夕映えには、大層美しく見映えがしました。

 若い公達は皆、その美しい花(玉鬘)を思いのままに折り取らないことを、物足りなく残念に思いながら、佇んでおりました。
 「教養のある人たちだな。気配りなどもそれぞれに見苦しくない。右の中将(柏木)はまして、大層落ち着いた様子で、こちらが恥ずかしくなるほどに素晴らしさが勝って見えました。あの人からお手紙など来ますか。突き放したりなさらないように……」などと仰いました。さらに、

 「夕霧はこのように立派な公達の中でも、一際優れて美しく雅びでおられます。内大臣がその夕霧を嫌がりなさるとは、何とも無念な人だ。藤原氏の眩しいほどの一族の中で、天皇家の血筋を堅苦しいとでも言うのだろうか……」と仰れば、
 「婿としてならば……と、言う方もおられましたのに……」と申しなさいました。

 「いゃ、そんなに大切にもてなされることは、願わしくはない。ただ幼い者同士が約束しあった気持ちも叶わないままに、長い年月、二人の仲を隔てなさった内大臣のやり方が、私には辛いのです。もし身分が低い、世間の外聞が悪いとお思いならば、素知らぬふりで、姫君を私にお任せくださったなら、何の心配な事がありましょうか……」と溜息をおつきになりました。玉鬘は、源氏の君と内大臣の仲に、このような隔てがあることを、はっきりお分かりになり、 
 「娘と知っていただくのも、いつになることか……」と、しみじみ悲しく思われました。


 月もない頃なので、灯籠に大殿油を入れ灯しましたが、
 「やはり灯が近くて暑苦しい。篝火の方がよい……」と人をお呼びになり、篝火の台を取り寄せて、火を入れさせなさいました。

傍らの和琴を引き寄せて掻き鳴らしなさいますと、それは『律』によく調律してありました。音色も大層素晴らしいので、少しお弾きになり、
 「琴を弾くのはお好きではないのかと、日頃から思っておりました。秋の夜長、月影の涼しい頃に、奥まった部屋ではなく端近くに出て、虫の声に合わせて掻き鳴らす琴は、大層親しみ深く華やかなものですよ。大袈裟な曲を奏するには心許ないけれど、この和琴は、多くの楽器の音や拍子を整えるのに大変優れています。大和琴とは、一見儚くみせて、極めて精巧に作られているものです。同じことなら、努めて他の楽器などに合わせて習いなさい。深い心といっても、特にある訳ではありませんが、真に弾きこなすのは難しいことでしょう。ただ今は、あの内大臣に並ぶ名手はいないでしょう。ただちょっとした菅掻(奏法)の音にも、あらゆる楽器の音がこもって、言いようのないほど見事に響き渡るのです」と語りなさいました。
 玉鬘には多少心得があるうえ、なんとか上手になりたいと思っていたので、一層、内大臣の和琴の音が聞きたくなりました。

 「この六条院での管弦の折などに、聞くことができましょうか。貧しい田舎者の中にも、習う者が大勢いますので、総じて気楽に親しめるかと思っておりました。それならば、優れた音色は、様が異なっているのでしょうか……」と、さらに熱心に知りたがっておられますので、
 「そうです。これは東琴と言って、名前は劣って聞こえますが、御前での管弦の遊びにも、まず書司をお召しになるほどです。他国は知りませんが、我が国ではこの和琴を『楽器の親』としたようです。その第一人者といえる内大臣から、直接奏法を習い取ったなら、また格別なものとなりましょう。
 ここ六条院にも、何か事ある折にはおいでになるでしょうけれど、和琴の手法を惜しまず全て明らかに掻き鳴らしなさることは難しいでしょう。名手と言われる者は、いづれの道も心易く他人に見せることはないようです。けれども……いづれはお聞きになれるでしょう……」

 源氏の君が曲を少しお弾きになりますと、琴の音は華やかに美しく響きますので、玉鬘は、
 「これよりも勝る音が出るのでしょうか……いつの世に、父君が打ち解けてお弾きになる音を、聞くことができるのでしょうか……」と、なお一層、実の親に会いたいという気持が加わったようでございます。

 「貫河の瀬々の柔らかな手枕……」と、源氏の君は大層優しく催馬楽をお謡いになり、「親が遠ざける夫……」という歌詞のところは少しお微笑みながら謡われ、さりげなくお弾きになる菅掻の音は、言いようがないほど素晴らしく聞こえました。

 「さぁ、今度は貴女がお弾きなさい。芸事は恥ずかしがっていてはなりませぬ。『想夫恋』だけは心の内に秘める人もあるようだが、気にすることなく、誰とでも合奏するのがよいのです」としきりにお勧めなさいました。けれども玉鬘は、あのような侘びしい田舎で、京人と名乗った皇族の老女から教えられましたので、誤りもあろうかと、躊躇って手をお触れになりません。
 「もうしばらくお弾き下されば、覚えることもできようかと……」と心許なく仰りながら、源氏の君のお側近くにいざり寄り、
 「どのような風が吹き添えて、このような素晴らしい響きがでるのかしら……」と寄り添っていらっしゃるご様子は、燈火の中に大層愛らしく見えました。源氏の君は微笑まれて、
 「物分かりのよい貴女のためには、身にしむ風も吹くのでしょう……」と、和琴を玉鬘の方に押しやりなさいました。大層迷惑なことでございます……。

 女房たちが近くにお仕えしていますので、いつものような冗談は仰らずに、
 「お庭の撫子を充分見ることもなく、あの公達は退いてしまったようだ。何とかして内大臣にも、この撫子の花園をお見せしたいものだ。この世さえ、いつまでも続くものではないと思えば、昔、雨夜の折に、女子を行方知れずにしてしまった……と語られた事さえも、ただ今のことのようで……」と、大層しみじみと感慨深い様子でございました。

   撫子のとこなつかしき色を見ば もとの垣根を人やたづねん

     (訳)撫子の花のようにいつも変わらぬ美しい貴女を見れば、
        もとの垣根(夕顔)を内大臣は尋ねる事だろう

この事が煩わしいので、繭の中に籠もらせるように、姫君をここに隠していることが、心苦しく思われます……」と仰いました。

   山かつの垣根におひしなでしこの もとのねさしを誰が尋ねん

     (訳)卑しい山奥の垣根に育った撫子のもとの根(夕顔)など、
        誰が捜しましょうか……

儚げに申しなさる玉鬘のご様子は、大層優しく若々しくいらっしゃいました。

 「もし引き取らなかったならば……」と、源氏の君は独り言を仰いまして、ますます募る玉鬘への想いに胸が苦しいほどになられ、やはり耐え忍ぶことはできない……とお感じなりました。

 玉鬘のところにお渡りになることが度重なり、女房などが見咎めそうな時には、心を鬼にして思い止まられ、然るべきご用を作り出しては、お手紙など遣わせなさいました。源氏の君にはただこの玉鬘のことだけが、いつも御心にかかっていたのでございます。

 「どうしてこのような不相応な恋をして、辛い思いをするのだろう。わが心の思うままにすれば、軽々しいと世間の非難を受けることになろう。自分のことはいいけれど、この玉鬘のためにも、気の毒なことになるだろう。限りなく愛するといっても、春の上(紫上)への愛情に並ぶことなど、我ながらあり得ない……」と分かっておられました。
 「さて、その紫上に劣った扱いは、どれほどのことであろうか。世話をしている姫君が大勢いる中で、玉鬘がその末席で暮らすとなれば、どのような世の評判を受けることになるのだろうか。大したことはあるまい。また、何の取り柄もない大納言程度の身分の低い男が、ただ玉鬘だけを一生大切にするというならば、きっとその愛情には、わが愛は劣ることになるだろう……」と、自らお分かりなので、このままでは玉鬘が可哀想に思えて、
 「いっそ兵部卿の宮か、鬚黒の大将に結婚を許してしまおうか。玉鬘が自分と離れて、目の前から居なくなれば、思い切ることもできるだろう……。言っても仕方のない事だけれど、そうでもしてみようか……」と、お思いになる折もありました。


 それでも度々お渡りになって、玉鬘の美しい御姿をご覧になり、今は和琴をお教えすることを口実に、いつも身近に寄り添っておられました。玉鬘も初めは気味悪く嫌だとお思いになりましたが、このように寄り添っても穏やかで、後ろめたい下心などはないのだ……とだんだんと慣れて、今では全く嫌だとはお思いにならずに、然るべきお返事も、馴れ馴れしくならない程度に言い交わしなさいました。お逢いする度に愛らしさが増し、美しさが勝っていきますので、源氏の君は、
 「やはり自分の手元から離すことは、できそうにない……」と思い返しなさいました。

 「それでは……玉鬘を結婚させて、ここ六条院に住まわせ、今までのように大切にお世話しながら、適当な折に忍んで渡って来ては、わが想いを訴えて心慰めようか……。今のように男女のことにまだ慣れてないうちは、手を出すのも面倒で可哀想だけれど、結婚さえすれば、夫の厳しい目があっても、自然と男女の心が分かるようになり、熱心にこの想いを訴えたならば、いつか心許してくれるだろう。例え傍目が多くても、障りにはなるまい……」とお思いになりました。誠にけしからぬ考えでございます。そうなれば、これからもますます心穏やかには居られず、玉鬘を想い続けるのは、大層辛いことになりましょう。ほどほどに思い諦めることが、どうしても難しいことのようです。
 世にも珍しい厄介なお二人の間柄でございました。

 内の大殿は、
 「御邸の人々もこの娘(近江の君)のことを姫として許さずに、軽々しい言い扱いをしているし、また世間でも馬鹿げた事と非難している……」という評判をお耳になさいました。更に弁少将が、
太政大臣(源氏の君)が「本当か……」とお尋ねになったことを申し上げますと、
 「そうかね。あちらでこそ、長年噂にも聞かなかった田舎の娘を手元に迎えとって、大切に育てているそうだが……。滅多に人の悪口を言わない大臣が、この私の家のことだけは、耳をとめて悪口を仰るとは……」とお腹立ちのようでした。
少将が、
 「ただ、あの西の対にお住まいの姫君(玉鬘)は、大層素晴らしいご様子だということです。兵部卿の宮などが、熱心に結婚の申し込みに苦労しておられますとか……。並大抵の姫君ではあるまいと、世間の人々も噂しているようです」と申し上げますと、
 「それは、あの大臣の御娘と言う程度の評判でしょう。人の心とは皆、そういうもののようだ。必ずしもそれほど優れてはいないだろう。もし人並みの身分なら、今までに既に噂が聞こえているであろう。あの太政大臣がご立派で、この世に過ぎた方だという評判なのに、れっきとした正室(紫上)の腹に生まれた御娘がいらっしゃらないとは、何とも残念なことだ。その姫君を大切に育てて、周囲の者が「誠に素晴らしい……」と思いやるようなら、お幸せなことだろうに……。おそらく子供が少ないので、心細くおられるのだろう。身分の低い方の腹だけれど、明石の君の生んだ姫君は、あのようにこの上ない運命に恵まれ、素晴らしい将来が約束されている。その姫君(玉鬘)は、ことによると、実の姫君ではないのかもしれん。さすがに一風変わったところのある方だから、他人の娘を大切にしているのだろう……」などと悪口を仰いました。更に、

 「どのようにして婿をお決めになるのか。おそらく蛍兵部卿の宮こそが、玉鬘をわがものになさるであろう。昔から特に源氏の君と仲がよく、人柄もご立派で、姫君には相応しい間柄であろう……」と仰いました。

 思い返せば、やはり雲居の雁のことが、残念に思えるご様子で、
 「夕霧をこのように心憎く扱って、源氏の君を不安にさせてやりたかったのだが……」と、酷く憎らしく思えるようで、夕霧の官位が、雲居の雁の婿として相応しいと思われない限りは、二人の結婚は許し難いとお考えなのでした。

 「大臣(源氏の君)などが丁重に口添えして、わが決心を覆しなさるのなら、その説得に負けたことにして承諾してやろうか……。けれども夕霧が、一向に焦る様子をお見せにならないのも、誠に面白くないことである……」等とあれこれとお考えになりながら、不意に姫君のところにお渡りになりました。 少将もお供をなさいました。

 ちょうど雲居の雁は昼寝をしておいでになりました。薄物の単衣をお召しになって、臥していらっしゃる様子は、暑苦しくは見えず、小柄でとても可愛らしく見えました。衣に透けて見える肌つきは、大層愛らしい手つきをして、扇をお持ちになったまま腕を枕にして寝ていらっしゃいました。黒髪は、とても長く多いのではないけれど、大層裾が美しうございました。

 女房たちも物陰でより臥して休んでいましたので、雲居の雁はすぐにもお目覚めになりません。そこで内大臣が扇を打ち鳴らしなさいますと、何気なく見上げた眼差しが愛らしげで、顔を紅らめなさいました。それも親の目にはとても可愛らしく見えました。

 「うたた寝はいけない……と注意していたのに、どうして、そんな不用意な様子で寝ているのですか。女房たちも近くに伺候させないで、一体どうしたことか。女性は常に御身を気遣いして守るのが、よいのですよ。心許して無造作にしているのは、品のないことだ。……そうかといって大層賢そうに身を堅くして、不動尊の陀羅尼(梵文の呪文をそのまま読誦する)を読んで、印を結んでいたりするのも小憎らしいものだ。日々逢う人に、よそよそしく物越しに話しをするのも、上品そうといってもかえって憎らしく、心愛らしくは見えないものです。

 太政大臣がお后候補の姫君(明石の姫君)にしつけている教育は、万事に通じて偏らず、特に際立った特技を持たせず、また訳が分からずまごまごすることもないように、ゆったりとした教育と考え置いておられます。誠にもっともなことではありますが、人として心にも行動にも、特に好き好む方面はあるものだから、姫君がご成長なさるにつれて、そのお人柄を発揮なさることでしょう。この明石の姫君が大人になり、宮仕えさせなさる時のご様子こそ見たいものだ……」と仰って、
 「思い通りにお世話申し上げようと思っていた姫君の入内のことは、大層難しくなったけれど、何とかして世間の笑いものにならないようにして差し上げようと、人の身の上の様々な様子を聞くたびに、思い乱れております。試しに熱心な振りをする男の言うことなど、しばらくはお聞きになってはいけませんよ。私に考えがあるのです……」などと、大層愛らしく思いながら申しなさいました。

 雲居の雁は、
 「昔は、何事にも深い分別もなく、その当時、いとおしかった夕霧との騒ぎの折にも、恥ずかしくもなく、父君にお逢いしていたことよ……」と、思い出すと胸が塞がって、ひどく心苦しく思われました。大宮(祖母)からも、いつもお逢いになれない心許なさをお恨み申されましたが、かえって遠慮されて、三条宮にお出かけになることもできませんでした。

 内大臣は
 「この北の対の新しい姫君(近江の君)をどうしたらよいものか……。利口ぶって迎え取り、世間が姫君の良くない評判を知るからといって、田舎に送り返すのも、誠に軽率で情のないやり方である。こうして邸内に閉じ込めているので「誠に大切に世話する気があるのか……」と、世間が噂するのも忌々しいことだ。弘徽殿の女御の御方などに宮仕えさせて、そうした笑いものにしてしまおう。女房たちが不細工とけなしているご容貌は、それほどひどくはない……」とお思いになって、女御の君に、
 「近江の君を参上いたさせます。見苦しいところなどは、年老いた女房にでも言いつけて、遠慮なく教えさせなさってください。若い女房たちの噂の種になるような笑いものには、なさらないで下さい。ひどく軽々しい性格のようで心苦しいのだが……」と、笑いながら申しなさいました。
 「どうして、そんなひどいことがありましょうか。中将などがこの上なく素晴らしいと吹聴した前触れに、及ばないというだけでございます。このように騒ぎなさいますので、きまり悪く思われ、気後れしているのでしょう……」と、気恥ずかしくなるほど素晴らしい態度で申しなさいました。

 この弘徽殿の女御のご様子は、何もかも整っていて美しいというのではなく、大層上品で澄んだ感じで、その上優しさが添っていて、あたかも美しい梅の花が咲き初めた朝のような感じがしました。言い残したことも多いでしょうに、差し控えて微笑んでおられますので、「人とは違う……」とご覧になりました。
 「中将が大層考えが浅かったので、調査が不十分だった……」などと仰いますのも、近江の君にとっては大層お気の毒なことでございます。

内大臣は弘徽殿の女御のところを訪れたついでに、供人が先払いするのを制しなさいまして、近江の君の様子をお覗きなさいました。簾を高く巻き上げて、五節の君という気の利いた若い女房と、双六を打っておられました。手をしきりに揉んで「小賽、小賽!」(小さい目がでますように……)と願う声が、とても早口で嫌な感じがしました。五節の君も興奮している様子で「お返し、お返し……」と筒をひねって、すぐにもサイコロを振り出しません。心の中に何か作戦でもあるのでしょうか。大層軽々しい様子で遊んでおりました。

 近江の君のご容貌は、親しみやすく愛嬌があって、黒髪は美しく欠点がないようなのですが、額がとても狭いのと、声が軽薄な感じがしますので、すべてが台無しになっているように見えます。格別に良いというのではないけれど、この姫君は鏡に映るご自分のようにも思えるので、他人だと主張することも出来ずに、この前世の因縁を大層恨めしく思われました。

内大臣が、
 「こうしてここにおられるのは、似つかわしくなくて馴染めないのではありませんか。私が忙しくて、お見舞いにも伺えませんので……」と仰いますと、例の早口で、
 「こちらに暮らして、何の辛いことなどありましょうか。長い年月、知りたいと願っていた父君に毎日お逢いすることは出来ないけれど……それだけが、じれったい心地がします」と申しなさいました。
 「本当に、身近にお仕えする女房もあまりいないので、いつも側に置いてお世話申し上げようと、以前は思っていましたが、そうはいかないものです。普通の宮仕えをする人であれば、自ら女房達の中に立ち混じりますと、他人の目にも必ずしも止まらないもので……、むしろ、その方が気楽にいられるでしょう。けれども誰それの娘、あの人の御子と知られる身分になれば、親兄弟が面を伏せたくなるような恥ずかしい例が多いようです。ましてや、内大臣の娘となれば……」と言い止めなさいました。

 内大臣が大層ご立派であることも知らずに、
 「そんなに大袈裟に考えてお仕え申しましたら、窮屈でしょうけれど、私は大御大壺取り(便器の掃除役)をしてでもお仕えいたしましょう……」と申し上げましたので、内大臣は、我慢出来ずにお笑いになって、
 「貴女には似つかわしくない役のようですよ。このようにたまにしか逢えない親の私に、孝行をしようというお気持があるのならば、その物言いをゆっくりに直してお聞かせください。そうすれば命も延びることでしょう……」と笑いながら冗談を仰いました。

 近江の君は、
 「この早口は、舌の生まれつきの性格なのでしょう。幼かった時でさえ、亡き母がいつも嫌がっておりました。実は私が生まれる時、妙法寺の別当(僧)の大徳が産屋に控えておりまして、大層早口で安産の祈祷をしましたので、それにあやかってしまった……と、大層嘆いておりました。今は何とかこの早口を止めましょう」と騒がしく言いますのも、大層孝行の心深く哀れだ……とご覧になりました。

 「貴女の側近くにいた大徳こそ、とんでもない人だ。その僧の前世の罪の報いなのでしょう。唖やどもりは法華経の悪口を言った罪の中にも数えてあります……」などと仰って、
 「側にいる者が気が引けるほど素晴らしい弘徽殿の女御に、わが子ながらこの近江の君をお目にかけることこそ、恥ずかしいことだ。どのような考えから、よく調べもしないでこんな変な人が、わが家へ身を寄せることになったのだろう……。女房たちが大勢見ては、言いふらすことだろう……」と後悔なさいました。

 「今、女御が里家におられます時にこそお伺いして、女房たちの行儀作法などを見習いなさい。特に大したことのない人でさえ、そういう立場になると、自然に立ち振る舞いがよくなると言います。よく気遣いしてお逢いになったらどうでしょう……」
 「大変嬉しうございます。ただ何としてでも、弘徽殿の女御などの中に数えられ、娘と認めて頂けることだけを、長い年月、寝ても覚めても願っておりましたので、せめてお許しだけでもいただければ、水を汲み頭の上に乗せてでもお仕え申しましょう……」といい気になって、今まで以上に早口で捲し立てるので、「全く言う甲斐もない……」とお思いになって、
 「誠に……そのようにご自分で薪を拾うようなことをなさらずに、ただ参上なさればよいでしょう。あのあやかり者にした大徳だけでも、貴女から遠のいたらいいのですが……」と冗談を仰いました。

 大層華やかに威厳があり、並の人々ではお逢いしにくいほどご立派な内大臣であることも分からずに、
 「それでは、いつ女御殿のもとに参上しましょうか」と申し上げますので、
 「吉日などがいいでしょう。いや……そう大袈裟にしなくてもいい。そうお思いならば、今日にでも……」と言い捨てて、お渡りになりました。立派な四位、五位たちがうやうやしくお仕え申し上げておりました。

 少々身動ぎなさるだけでも大層堂々としたご威勢の父大臣を、お見送り申し上げて、
 「何とご立派なお父様でしょう。このような方の種ながら、私は賤しい小さな家に生まれ育ったとは……」とつぶやいておりました。五節の君が、
 「あまりご立派すぎて、こちらが気詰まりするほどでおられます。ほどほどの親で、大切に育てて下さる方に捜し出されればよかったのに……」と言いますのも、無理な話でございます。

 「いつも貴女は私の話を壊して、本当に面白くありません。今はもう、友だちのように口出ししないで下さい。私は将来のある身の上のようですから……」と腹を立てなさいました。

 顔つきは気高く愛嬌がありますが、ふざけたところはそれなりに、可愛らしく許されるようです。ただ、ひどい田舎の賤しい下人の中で成長なさいましたので、口の利き方もご存知ないようでございます。

 深い意味のない言葉でも、声をのどやかに静かな調子で言い出したなら、ふと聞く耳にも格別に思われるでしょう。面白くもない恋歌のやりとりの話をする場合でも、声の調子がしっくりしていれば、先が聞きたくなりましょう。歌の初めと終わりとをはっきりしないように口ずさむのは、深い内容までは理解するに至らないものの、ちょっと聞いた時には、面白いものだと耳に止まるようです。

 けれどもこの姫君のように、せかせかと早口に言い出す言葉は、ごつごつして訛りがあって、まるでわがままに慣れている乳母の懐に今も慣れている様に、態度がひどく不作法で、体裁が悪く聞こえるのです。誠に、言う甲斐もないけれど、この近江の君は三十一文字の上句と下句との意味が通じない歌を、口早に続けざまに作ったりなさるのです。

 「女御殿に参上せよと仰ったのに、嫌々参上するのならば、女御は不愉快にお思いになるでしょう。夜になりましたら、早速お伺いいたしましょう。例え内大臣がとても大切に思って下さっても、女君達(姉妹)がこの私を冷たくなさったなら、この邸に身の置き所がありましょうか……」評判のほどは、大層軽く見られているからでしょうか。まず、お手紙を差し上げなさいました。

   『お側近くにおりますのに、今までお伺いすることもありませんのは、来るなと、

   関所でもお置きになったのでしょうか。お逢いしてもいませんのに、血縁続きと申し上げますのは、

   畏れ多いことですが、誠に失礼ながら……、失礼ながら……』と、点ばかり多い文章で書かれ、

その裏には、

   『本当は夕暮れにも参上しようと思いますが、嫌われますと一層想いが募るからでしょうか。 いいえ、

   いいえ、 お見苦しい字は、大目に見て頂きたく……』

   草わかみ 常陸の浦のいかがざき いかであひみむ田子の浦浪

     (訳)田舎そだちですが、何とか女御殿にお逢いしたいのです……

青い色紙一重ねに、大層草体書きを多くして、厳つい筆跡ですので、内大臣の御血筋とも思えません。漂うような書き方も下長で、むやみに格式張っているように見えました。行の具合は端にいくほど倒れそうに見えますのを、ご自分は満足げににっこりなさいました。それは大層細く小さく巻き結び文にして、撫子の花につけてありました。

 その桶洗童(便桶を洗う童女)は、大層物慣れた態度で、美しげな様子の新参者でありました。女御の御方の台盤所(女房の詰所)に立ち寄って「これを差し上げてください」と申しました。下仕えの者が顔を知っていて「北の対に仕えている童です……」と、その御文を受け取りました。大輔の君という女房が持参して、その御文をひき解いて女御にご覧にいれますと、微笑んで側に置かせなさいました。

近くにお仕えしている中納言の君(女房)が、
 「大層今風の洒落た御文のようです」と、横からちらちら見たそうにしています。女御は、
 「草の文字が判らないのでしょうか。歌の意味が続かないように思えますが……」と仰って、
 「お返事はこのように由緒ありげでなければ、見下されてしまいましょうから、代わってお書きなさい」と女房にお譲りになりました。若い女房たちは物陰で皆笑っておりました。お遣いの童が返事を欲しがりますので、
 「風流な引き歌ばかり使っていますので、お返事が申し難くございます。代書めいてはお気の毒でしょうし……」と、ただ普通の御文らしく書きました。

   お側近くにいますのに、お逢いできない心細さは恨めしう……、

    常陸なる駿河の海の須磨の浦に 浪立ち出でよ 箱崎の松

     (訳)常陸にある駿河の海の須磨の浦にお出かけ下さい。箱崎の松が待っています。

と書いて、女御に読んでお聞かせしますと、
 「あら、困ります……本当に私自身が書いたと言いふらすことでしょう……」と、迷惑そうになさいました。けれど、
 「それは聞く人が判りましょう……」と紙に包んで、童にお渡しになりました。

 近江の君はこれを見て
 「洒落たお歌ですこと。待つ……と仰っています」と、大層甘い薫物の香を繰り返し着物に焚きしめていらっしゃいました。紅というものを頬に大層紅くつけて、髪を梳かして整えなさいますと、それなりに華やかで愛嬌がありました。御対面の時には、出過ぎた事もあるでしょうけれど……。

( 終 )

源氏物語ー常夏(第二十六帖)
平成十七年初夏 WAKOGENJI(文・絵)

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