やさしい現代語訳 源氏物語「野分」(のわき)第28帖 (光源氏36歳、紫上28歳、秋好中宮27歳、玉鬘22歳、夕霧15歳の頃) |
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秋好中宮は、あらゆる種類の秋の花々を集め尽くして、その御庭に植えさせなさいましたので、例年よりもずっと見所も多く美しくなりました。風情のある黒木や赤木の籬垣を結い混ぜて、花の枝振りやその姿が、朝夕の露の光に珠のように輝いておりました。広々としたこの秋の御庭の景色を見ますと、春の山の美しさも忘れるほど爽やかで趣きがあり、心も浮き立つようでした。
昔から、春秋の優劣を決める争いの折に、秋に心を寄せる人は数多くいましたが、評判の高い春の町(紫の上の御殿)の御庭の花園に心寄せた人々が、又、心変わりして、秋の御庭に心移す様子は、世のご時勢に流される世情に似ているようでございました。 中宮がこの御庭をご覧になりたいと、里家においでになる間に、管弦の遊びなどを催したいと思われましたけれど、八月は故前坊(中宮の父君)の御忌月なのでそれも叶わず、心許なく思いながらお過ごしでございました。 その頃、この花の色がますます美しくなっていく景色をご覧になっておられますと、空の色も急に変わって、野分(台風)が激しく吹き出しました。花々が萎れる様子には何とも思わない人でさえ「あぁ、困ったこと……」と騒がずにいられませんのに、中宮はまして、草むらに降りている露の玉が乱れることに、大層御心を痛めておいでになりました。空を覆うほどの袖は、秋の空にこそ欲しいように思われました。日が暮れゆくままに、物も見えないほど風が吹き荒れて恐ろしく、御格子を閉めてしまいましたので、中宮は花の様子が大層気がかりになられ、嘆いておられました。 春の御殿(紫上の御殿)でも、御庭の手入れをさせなさいました折も折、野分が強く吹き出しました。根元のまばらになった小萩が風を待っていたとするならば、これは体裁悪いほどの激しい風の吹き様でございました。枝は折れ返り、露も留まれないほどに吹き散らしますのを、紫上は端近の所でご覧になっていました。 源氏の大殿が明石の姫君のところに行っておられ留守の間に、中将(夕霧)がおいでになりました。東側の渡殿の小障子(衝立)の上から妻戸の開いた隙間を何気なく覗きなさいますと、女房が大勢見えますので、立ち止まってそっと見ておられました。風が強いため、御屏風も押し畳んで隅に寄せてありますので、中の方まで見通せます。 廂の御座所に一人の女性が座っておられました。それは他の人に見間違えるはずもなく、気高く清らかで、ぱっと美しい感じがして……あたかも春の曙の霞の間から、雅やかな樺桜が咲き乱れているのを見る心地がしました。不礼にも隙間から拝見している中将の顔にも、移りくるような柔らかい美しい雰囲気が溢れて、又となく美しい御姿でした。吹き上げられる御簾を女房たちが抑えていますのを、どうしたのでしょうか、紫上がにっこりなさっておられるそのご様子が、大層素晴らしく見えます。ご覧になっていた御庭の花々を心配して、花を見捨てて奥に入ることがおできになりません。お仕えする女房たちも、様々に美しげな姿なのですが、中将の目に映るはずもありませんでした。 「父大臣(源氏の君)が、大層気遣って、男を遠ざけて近づけないようになさるのは、このように紫上を見る人が平静にいることができないほどに美しいご容貌だから……万一、紫上に心奪われることがあったら困る……と、用心深いご性格からご懸念なさっていたのだ」と今、気付きなさいますと、父君が恐ろしいような気持がして、そこを立ち去ろうとなさいました。 ちょうどその時、西の御方(明石の姫君)のお部屋から、源氏の君がお戻りになりました。 「大層ひどい突風だ。御格子を下ろしなさい。男達がいるだろうに……。中が丸見えになっているだろう……」と仰る声が聞こえますので、夕霧が小障子の所に寄って中を伺いますと、大臣も何か仰り微笑みながら、紫上を見ておられました。わが父親とは思えないほど、若々しく美しく雅で、美しい盛りの御姿でした。紫上は大人になられ、女盛りの美しさを備え、見事なお二人のご様子を見ますと、身に染みるほどの思いでした。その時、この渡殿の格子が風で吹き放って、立っている所が丸見えになりましたので、夕霧は怖くなって立ち退きました。今来たように、小声で咳払いをして、縁側の方に歩み出られますと、 「それご覧なさい。中が丸見えだったのでしょう……」と仰いました。紫上は、今、妻戸が開いていたことにお気づきになりました。夕霧は、 ますます酷い風が吹くようになり、家司の人達が参上してきました。 「三条の宮にいたのですが、風が激しくなるに違いない……と人々が申しましたので、こちらが心配で参上いたしました。三条ではここより心細く、大宮が昔に返って幼児のように、風の音をも怖がっていらっしゃいますので、お気の毒で……、又、すぐに行かせていただきます」と申し上げますと、 三条宮への道すがら、風は激しく入り揉みしていました。中将は心行き届いた方ですので、三条宮と六条院とに参上し、お見舞いをなさいました。宮中の御物忌などで、やむなく宿直しなければならない日以外は、忙しい公事や節会などで時間がかかり、用事が重なって多忙になっても、時間を調整しては、まず六条院に参上し、その後三条宮から宮中に出仕なさいます。まして今日のような空模様の時には、強く風の吹く前に、あちらこちら動き廻りなさいますのは、しみじみ優しいご性格にみえました。大宮も大層嬉しくお思いになり、頼もしい……とお出でを待ち受けなさいまして、 「大きな枝などが折れる音も恐ろしく、御殿の瓦さえ、残らず吹き飛ばされているのに、よくおいでくださいました」と震えながら仰いました。かつて左大臣ご存命のころには、身動きできないほどのご勢力も、今は鎮まり、この夕霧を頼りにしておられるのも、誠に無情の世の中でございます。今も、大方の人望が薄らいだということはないのですが、内大臣(大宮の息子)の御態度が少々疎遠のようでございました。 中将は一晩中、荒々しい風の音を聞きながら、何となく物侘びしい気持がしておられました。心にかけて恋しいと想う人(雲居の雁)のことはさしおいて、先程、逢った紫上の御面影が忘れられないので、 このように素晴らしい御方がありながら、源氏の君は東の御方(花散里)をも、御夫人の一人として並べておられますが、あの方は紫上とは比べものにならないではないか……。何ともお気の毒なこと……」と、父大臣の優しい御心を、他にはないこととお判りになりました。夕霧は人柄が真面目な方なので、紫上に想いを寄せることなど、思いもよらないこととしながらも、 明け方に風が少し穏やかになり、雨が群雨のように時々急に激しく降り出しました。人々が、 途中、横なぐりの冷たい雨が、御車に降り込んできました。空の景色も恐ろしいのに、不思議に、わが心が離れたような気持になって、 その後、南の御殿に再び参上なさいますと、まだ御格子も上げていません。夕霧が御殿の高欄(手すり)にもたれて御庭を見渡しますと、築山の木々を風が吹き倒し、木の枝も全て折れ伏していました。草むらは言うまでもなく、檜皮や瓦、所々の立蔀、透垣などが辺りに乱れ散らばっていました。野分の合間、朝日がわずかにさし出してきますと、野分に心配そうな顔をしていた庭の露がきらきらとしておりました。空には大層濃い霧がかかっていますので、夕霧は、何という理由もなく涙が落ちるのを袖で拭い隠して、小さく咳払いをなさいました。 源氏の君が御格子をご自分で引き上げなさいましたので、夕霧はあまりにも間近にいたことがきまり悪く思えて、退いて控えなさいました。 「この先、あまり長くはないでしょうから、誠実にお仕えしてお世話なさい。内大臣は心細やかに優しくはないようだ……」と、辛く思っておいでのようでした。人柄は不思議とご立派ですが、男性的に片寄っているので、親などに対する孝行といったことにも、大袈裟な見た目だけを重んじて、世間にそれを気付かせようとする心があるため、心にしみて情け深いところはない方でおられました。 東の対の南の角に立って、中宮の寝殿の方をご覧になりますと、御格子を二間ほど上げて、まだ朝ぼらけの仄かな朝日の中に、御簾を巻き上げて女房たちが座っておりました。手すりによりかかっている若い女房が大勢見えます。皆が気を許しているこの様子はどうしたことだろう。はっきり見えない明け方の頃、色とりどりの衣裳がいずれも美しく見えました。童女を御庭に下ろさせなさいまして、虫籠などに露を与えさせておられました。 中宮が入内なさった頃には、夕霧はまだ童(元服前)でしたので、御簾の出入りは馴れていましたから、女房などもあまりよそよそしくはいたしません。お見舞いの言葉を申し上げ、宰相の君や内侍などに小声で話しかけなどなさいました。この御殿では、そうは言っても、中宮が気高く住んでいらっしゃるご様子を見るにつけても、様々なことが思い出されるのでございました。 南の御殿では御格子を全部上げて、源氏の君と紫上が、昨夜見捨て難かった花々が、見る影もなく萎れ臥しているのをご覧になっておられました。中将が御階(階段)にお座りになって、中宮からのお返事をお伝え申し上げました。 源氏の君は御鏡をご覧になりながら、そっと小声で、 中宮の町からそのまま北の町においでになりますと、しっかりした家司なども見えず、馴れた下仕えの者が、草の中を歩き回っておりました。童女などが、美しい袙姿でくつろいで、明石の君が特に気を配ってお植えになった竜胆や朝顔の這いまつわる籬垣もみな散り乱れていますので、立ち起こして、元のようにしているようでありました。 おほかたに 荻の葉過ぐる風の音も 浮き身ひとつにしむ心地して (訳)ただ普通に、荻の葉を通り過ぎる風の音さえも、辛いわが身には染み入る心地がいたします。 西の対では、玉鬘が一晩中恐ろしいと思いながら、夜を明かしなさったせいで、今朝はすっかり寝過ごして、今頃になって鏡などをご覧になっておいでになりました。大袈裟な先払いを制しなさいまして、源氏の君は特別に声もかけずにお部屋にお入りになりました。屏風なども皆、畳んで隅に寄せ、何となく取り散らかしている頃、朝日が華やかに差し出してきました中に、玉鬘はすっきりと美しいお姿で座っていらっしゃいました。 夕霧は、源氏の君が心から親しげにしておられるご様子に、以前から何とかしてこの玉鬘の御姿を見たいと思い続けていました。隅の間の御簾や御几帳等が少し乱れているのをそっと引き上げますと、風のため遮る物なども全て取り除かれていますので、中がよく見えます。 「美しい玉鬘のご様子に、姉弟といっても少し遠い関係……腹違いなのだと考えるならば、どうして心得違いをしないだろうか」と思われました。 昨日拝見した方のご様子にはどことなく劣って見えますが、ひと目見ると思わず微笑むほど美しい紫上と立ち並ぶほどに美しく見えました。八重山吹の花が咲き乱れる盛りに霧がかかり、それが夕映えの中のようだ……とふと思い出されました。季節には合わない比喩ではあるけれど、やはりこれが感じたままでございました。花の美しさには限りがあり、萎れた蘂なども混じるものであるが、玉鬘のお姿の美しさは例えようもありませんでした。 玉鬘の御前には女房達も出てきませんので、お二人は大層親しげに小声で語り合っておいでになりましたが、どうしたのでしょうか、源氏の君が急に真面目な顔つきで、立ち上がりなさいました。 吹き乱る風の景色に女郎花 しほれしぬへき心地こそすれ (訳)吹き乱す風のせいで、女郎花は萎れてしまいそうな心地がします…… それ以上は聞こえてこきませんが、源氏の君が歌を誦じなさるのをかすかに聞きますと、不愉快な心地がしました。女君の様子があまりに美しいので、もっと見ていたいと思われましたけれど、源氏の君に、近くに居る事を悟られまいと、そこを立ち去りなさいました。ご返歌は、 した露になひかましかは女郎花 荒き風にはしほれさらまし 源氏の君は東の御方へ、ここ西の対からお渡りになりました。野分の翌朝の寒さで、気を許したのでしょうか。裁縫などをする老女房たちが御前に大勢おりました。細櫃(箱)のような物に棉を引っかけて、冬物に綿入れをしている若女房たちもおりました。大層美しい朽葉色の羅(薄物)に今風の色で見事に艶だししたものなどを辺りに散らかしておりました。 「中将の下襲か、御前で催される壺前栽の宴も中止になってしまっただろう。このように風が吹き散らしたのでは、何の催し事ができようか。淋しい秋になるだろう……」等と仰いました。何の着物にお仕立てになるのか、様々な衣装の色合いがとても美しいので、 源氏の君の御直衣や花文綾を、最近摘んだ花で薄く染め出しなさいましたのは、大層素晴らしい色をしていました。 中将は、源氏の君が気疲れする方々をお見舞いなさるのをお伴して歩きましたので、何か気持ちが晴れません。書きたいと思っているお見舞いの手紙などそのままに、日が高くなってしまったのを気にしながら、明石の姫君のところに参られました。 「まだあちら(紫上の所)においででございます。野分の風を怖がりなさいまして、今朝はお起きになることができませんでした」と、御乳母が申し上げました。夕霧は、 中将が、 風騒ぎ むら雲まよふ夕べにも 忘るる間なく忘られぬ君 「その程度の色も思い浮かばなかったなぁ。どこの野辺の花が、この気持ちを分かってくれるのか……」と、このような女房たちにも言葉少なに応対して、しかし気を許すことなく、とても生真面目に気高くおられました。もう一通お書きになりまして、お供の馬助にお渡しになりました。可愛らしい童や、大層慣れた随身(家来)にささやいて渡しますのを、若い女房たちは誰に宛てたか知りたがっておりました。 明石の姫君がこちらにお戻りになるというので、女房たちはざわめいて、御几帳を直したりしています。夕霧は覗き見た花のように美しい顔と比べたく思いましたので、いつもは見たがりもしないご性格なのに、無理に妻戸の御簾を引き被るようにして、几帳の隙間からご覧になりますと、姫君が物陰からちょうど今お通りになるお姿が目に入りました。女房たちが頻繁に往き来するので、誰なのかよく分からないほどで大層不満に思えました。姫君は薄紫色のお着物で、まだ背丈には届かない髪は裾が扇を広げたようで、とてもほっそりとした小柄な体つきが可愛らしくいじらしくみえました。 「一昨年頃、偶然にちらっとお姿を拝見しましたが、また一段と御成長なさったようでございます。まして盛りになられたら、どんなに美しいだろう……」と思われました。 祖母大宮のもとに参上なさいますと、大宮は静かに仏道のお勤めをなさっておられました。気の利いた女房などは、ここにも伺候しているのですが、物腰や応対の様子、着ている装束などが、栄華を誇る六条院とは比較にもなりません。容貌の美しい尼君たちの、墨染の法衣を着た簡素な姿こそが、かえってこのような三条邸ではしみじみと風情の感じられるものでございました。 内大臣もちょうど参上なさいましたので、御殿油(燈火)などを灯して、物静かにお話など申し上げなさいました。 大宮は、 ( 終 ) 源氏物語ー野分(第二十八帖) |