やさしい現代語訳

源氏物語「紅梅」(こうばい)第43帖

(薫 24歳 ・匂宮 25歳・ 夕霧 50歳 ・ 大君26歳・中君24歳 の頃の物語)

登場人物の 系図     源氏物語の本で読む

 

 その頃、按察(あぜち)の大納言(だいなごん)と申し上げる方は、故致仕(ちじ)の大臣(おとど)(もと頭中将ー紅葉賀で光源氏と青海波を競った)の次男である。亡くなられた衛門(えもん)の督(かみ)(柏木)のその次の方でございます。子供の頃より利発で、華やかなご性格でおられますので、年月と共に出世なさり、今まで以上に、大層素晴らしく理想的な御振る舞いをなさいますので、今上の帝のご寵愛も、誠に篤くおいでになりました。
 北の方は二人おられましたが、最初の方は亡くなられて、今おられます方は、その後、太政大臣になられた方(髭黒大将)の御娘、昔、真木柱を離れ難いと泣いた姫君で、式部卿の宮の姫として、故蛍兵部卿(光源氏の弟)親王と結婚なさいましたが、親王が亡くなられて後は、按察大納言が忍んでお通いです。 年月が経ちましたので、世間に遠慮する必要がなくなったようでございました。

 御子は、故北の方の御腹に、女の子が二人だけいらっしゃるのですが、男がないのは物足りないとお思いになって、神仏にお祈りして、今の北の方(真木柱)に、男の子を一人設けなさいました。故宮の形見として、女の子が一人おいでになりますので、姫君たちを一所に集めて住まわせ、分け隔てをせず、いづれの御子をも、同じように親しみ深くお世話なさいましたが、それぞれの御方々に仕える女房などは、良くない気持ちなども混じって、何となくこじれた問題が出てくる時々もありました。けれども、北の方は大層快活で、現代的なご性格の方ですので、無難に取りなして、ご自分に苦しい様な事をも 穏やかに聞き入れて思い直しなさいますので、世間に聞き苦しい評判もなく、感じよくお過ごしでございました。

 姫君たちは年齢が同じくらいで、次々に成人なさいまして、御裳着などを済ませなさいました。
 七間の寝殿を広く大きく造って、南面(おもて)に大納言と大君、西面に中の君、東面に宮君(蛍兵部卿の御子)を住まわせなさいました。
 世間が思うように、宮君には父宮がおられず大層お気の毒のようですが、あちらこちら(父宮や祖父宮)からの御寶物(御道具類)等を多くお持ちで、宮家としての儀式や生活のご様子などは、奥ゆかしく気高くお暮らしで、誠に理想的なご様子でございました。

 例によって、このように大切にお世話申し上げているという評判がたって、次々と結婚の申し込みをなさる男性も多く、内裏の春宮からもご内意がありましたが、
「今上の帝には、既に明石中宮がおられます。どれほどの方が、中宮に並び競うことが出来ましょうか。そうは言っても「及ばない……」と諦めて、自分を卑下するというのも、宮仕えの甲斐が無いというもの……。春宮には、右の大臣殿(おおいとの)(夕霧)の女御が、他に並ぶ人がない様に伺候しておられますので、競い難いけれど、そうばかりも言っていられようか。
「他の姫より優れていると思う娘を、宮仕えに出すことを諦めてしまっては、何の望みがあるだろうか……」と決意して、大君を入内させなさいました。

 大君は十七、八歳位で可愛らしく、雅な感じのする方でした。

 中の君も次に続いて、上品で優雅で、心の澄んだご性格は大君に勝って素晴らしく見えますうえ、臣下の者には惜しいほどのご器量なので、匂兵部卿の宮が望まれるならば、差し上げたいものだ」とお思いでございました。

 内裏などでは、匂兵部卿の宮が、若君(真木柱の男御子)を見かけた時には、お呼び止めなさって、遊び相手になさいました。この若君は賢く、将来の期待される目元や額付きでおいでになります。 匂宮が、
「弟と付き合うだけではすまない…と、父大納言に申し上げよ」などと、若君に仰いますので、
「そのように仰せでした……」と申し上げますと、大納言は少し微笑んで、
「誠に、その甲斐があったようだ」とお思いになりました。
「他の人に劣るような宮仕えよりは、この匂宮にこそ、可愛い女の子は嫁がせたいものである。心のままに、大切に宮をお世話申し上げることにでもなれば、私の寿命も延びるというもの。そんな匂宮のご様子であることよ……」と仰りながら、まずは、大君の入内の事をお急ぎになって、
「春日の神のご判断が、もしわが世に現れ出て、故大臣が院の女御の御事(秋好中宮に圧倒されて、中宮になれなかったこと)を無念にお思いのまま亡くなられた御心を、慰めることになってほしい」と心中に祈って、大君を入内させなさったのでございました。
 内裏の生活に、大君がお慣れにならないうちは、しっかりしたご後見がないのはいかがなものかと、母・北の方も、大君に付き添って、内裏にお入りになりました。誠に、この上なく大切にお世話申し上げ、立派も後見人をお勤めなさったのでございました。
 女房達が「大君は 春宮のご寵愛を大層受けている……」と、お噂を申し上げておりました。


 殿(按察大納言)は何となく退屈な心地でおられました。西の御方は、大君とご一緒の生活に慣れておられましたので、大君が入内された後は、大層寂しく物思いに沈んでいらっしゃいました。
 東の姫君(宮君)も、お互いによそよそしくはなさらずに、夜は一所にお寝すみになり、いろいろなお稽古事を習ったり、ちょっとした御遊びごとなどをも一緒になさり、この宮君を師のように思い申し上げておいでになりました。

 宮君は、普通より強く人見知りをなさる方で、母・北の方(真木柱)にさえ、はっきりと向かい合うこともなさらず、不都合なほどに控えめにお過ごしでございました。一方で性格や雰囲気が陰気な所がなく、愛嬌がおありになって、誰よりも優れていらっしゃいました。大納言は、
 「このように大君の入内など、自分の姫君のことばかりを考えて準備するのも、宮君にはお気の毒なこと……」とお思いになって、
「適当な縁談があれば決めて、私に仰って下さい。同じようにお世話申しましょう……」と、母君にも申しなさいました。けれども、そのような世間並みのことは、全く思いつきもしないご様子なので、母君は、
「中途半端なことでは、かえってお気の毒でしょう。御宿世に任せて、私が生きている限りはお世話申しましょう。私の亡き後には、可哀相で後ろめたいけれど、出家でもして、人から笑われたりしないで、軽率なこともなく 穏やかにお過ごしになってほしい……」等と、ちょっとお泣きになって、宮のご性格が素晴らしいことなどを、訴え申しなさいました。大納言は、いずれの御子をも分け隔てなく、親らしくお世話なさいますけれど、宮のご器量を拝見したいとお思いになって、
「隠れてしまって、私にお逢い下さらないのが辛いことでございます……」と恨んで、
「もしや、お姿が見える機会がないものか……」と覗き回りなさいますが、全く、ほんのちらりとさえ見えません。
「母上がおられない時には、私が代わって参りますが、私をよそよそしくお扱いなさるのが、辛いことです……」などと申し上げて、御簾の前にお座りになりますと、お返事などかすかに申しなさるお声や気配などが、上品で素晴らしく、お姿やご器量が思いやられて、しみじみと魅力的に思えるのでございました。
「わが姫君(娘)を、人には劣らないと思っているけれど、この宮にはとても勝てないだろう。だからこそ、付き合いの多い内裏での宮仕えは、煩わしいことになるだろう。私の娘は二人とない程に素晴らしいと思うが、それに勝る方も必ずやいることだろう……」などと、ますますご心配申し上げなさいました。

 「この数ヶ月、何となく物騒がしい時に、御琴の音さえもお聞かせ頂けないまま、久しくなりました。西の方におられる方(中君)は、琵琶に熱心でおいでになりますが、さらに完全に習得できるとお思いなのでしょうか。中途半端に練習したのでは、聞き辛い音色の楽器です。同じことならば、心尽くして中君にお教え申し上げてください。
 翁(老人)は 取り立てて習った訳ではありませんけれど、その昔、若い盛りだった頃に、管弦の合奏をしたお蔭でしょうか。演奏の上手下手を聞き分ける程の区別は、どの楽器においても不得手ではありませんでした。貴女は心打ち解けて演奏などなさいませんけれど、時折、お聞きする琵琶の音は素晴らしく、昔が思い出されます。
 故六条院(源氏)の御伝授としては、右大臣(夕霧)が今も世に残っておられます。源中納言(薫)や兵部卿の宮(匂宮)は、何事にも昔の人に劣らないほどで、誠に前世の因縁が格別におありになる方々です。特に、音楽の方面は、格別に熱心でいらっしゃいますが、手さばきの少し弱い撥音(ぱちおと) などが、大臣には及ばないと思っております。貴女の御琴の音こそ、大層よく似ていらっしゃいます。
 琵琶は押し手を静かにするのを上手と言いますが、柱を据えた時、撥の音が変わって優美に聞こえるのが、女性の御琴としては、かえって素晴らしいものです……さぁ、合奏なさいませんか。御琴を持って参れ……」と仰いました。

 女房などで隠れている者は、ほとんどありません。とても若い上?風の者で、姿をお見せするまいと思う者は、勝手に奥の方に座っているので、
「伺候する女房たちさえ、私をそのように扱うのこそ、不愉快なことだ」と腹を立てなさいました。

 若君は内裏へ参内なさろうと、宿直姿でおいでになりましたが、きちんとした角髪よりも、とても素晴らしく見えて、大納言は「誠に可愛らしい……」とお思いでした。麗景殿にお言付けを申し置きなさいました。

「お任せ申し上げて、今宵も参上できません。気分が悪いのです」と申し伝えるように、若君に仰って、「笛を少しおつとめ申しなさい。ともすれば、宮中の管弦の遊びに召し出されるかもしれない。まだとても未熟な笛なので、はらはらさせられるところだが……」と微笑んで、双調を吹かせなさいました。
 若君はとても美しくお吹きになりましたので、
「それほど悪くないのは、この辺りで自然に合奏する機会があるからだろう。是非、弾き合わせて頂きたいものだ」と、宮を責め申し上げなさるので、「辛いこと……」とお思いのご様子ながら、ほんの少しですが、爪弾きにて、とても上手に掻き鳴らしなさいました。

 大納言は、皮笛(口笛)を太い物慣れた音色で吹いて、この東の端に、軒近い紅梅がとても美しく咲いているのをご覧になって、
「御前の紅梅が、とても風情があるように見える……兵部卿の宮が、内裏におられるようですので、一枝折って差し上げよう。梅の美しさは知る人ぞ知る…」と仰って、

「あぁ、光源氏と言われ、御盛りの大将でおられた頃に、私はまだ童で、お仕え慣れ申していたのだが、年と共に今、恋しく思われます。この匂宮たちを、世間の人も格別に思い申し上げ、本当に、誰からも誉められる方におなりになったご様子ですが、源氏の端々にさえも、悪いところがないと思われるのは、やはり比類ない方と思い申し上げた私の気持のためであろうか。世間の人々が源氏を思い出し申し上げる時に、胸の晴れる時もなく悲しいので、身近な人に先立たれて、生き残っていると、ぼんやり生きる寿命の長さが辛いことだ……と思われます」などと申し上げて、しみじみと昔を思い巡らし、悲しんでおいでになりました。
 とても耐え難くお思いになってか、紅梅の花を折らせて、若君に持たせて、参上させなさいました。

「どうしたものか……昔の恋しい源氏の形見としては、この匂宮だけがおられる。佛のお隠れになった後には、阿難が光を放ったのを……佛が再来されたかと疑う賢しい聖がいたが、闇に迷う心を晴らす所として、匂宮にまずは申し上げてみよう」と仰って、

   心ありて風の匂はす園の梅に まづ鶯のとはずやあるべき

     (訳)お考えがあって、風が匂わす園の梅に、
         早速、鶯が飛んでこないことがありましょうか

と、紅色の紙に若々しく書いて、若君の懐紙に混ぜて、押し畳んでお出しになるのを、子供心に、
「大層親しくしてほしい……」と思うので、内裏に急いで参上しました。

 中宮の上の御局(部屋)から御宿直(とのい)所に、匂宮がお出になるところです。殿上人が大勢お見送りに参上する中から、若君をお見つけになって、
「昨日はなぜ、早く内裏を退出したのか。また、いつの間に参上したのか……」などと仰いました。
「早く退出したのが残念でしたので、まだ内裏においでになると人が申しましたので、急いで参上致しました」と、幼い心ながら、甘えて申しました。
「内裏だけでなく、気楽な所でも、時々は遊びなさい。二条院は、若い人々が気楽に集まる所ですから……」と仰いました。匂君は、宿直所にこの若君だけを呼んでお話しなさいますので、他の人は近くにも参らずに、退出し散って行って、静かになりました。
「春宮におかれましては、暇を少し許されたようだね。とても頻繁に思いをかけて、お側に置いていたようだが、大君にご寵愛を奪われて、体裁が悪そうだね……」と仰るので、若君は、
「お側から離して下さらないことこそ、私には辛いことでした。貴方の御側ならまだしも……」と、申し上げて、座っているので、
「私を一人前でないと遠慮しているのだな。当然のことだが……そうであっても、私は面白くない。古くさい同じ皇族の血筋で、東の御方(宮君)は、私と想い合って下さるだろうか……と、こっそり、宮に申し上げてください」等と仰いました。その折に、この紅梅をお手渡し申し上げると、微笑んで、

「恨み言を言った後に、この花が届くのならよかったのに……」と仰って、下にも置かずに、ご覧になっていました。枝や花房の様子が、色も香りも普通と違って素晴らしいものでした。

「園に咲き匂っている紅梅は、色に負けて、香りは白い梅に劣ると言うようだが、この紅梅は、とても見事に色も香りも揃って咲いている……」と仰って、お好きな花なので、その甲斐あって、お褒めになりました。

 「今宵は春宮のお側で宿直のようだが、そのままこちらに……」と呼び留め、お離しにならないので、春宮の所に参上できずに、紅梅も恥ずかしく思うに違いない程に香ばしく匂う中、若君をお側近くに寝かせなさいましたので、子供心にこの上なく嬉しく、慕わしく思い申し上げました。

「この花の主人(宮君)は、どうして春宮には入内されなかったのか……」
「知りません。父は、分別分かる方に聞いておりました」などとお答えしました。

「大納言のお気持ちは、実の娘(中君)に……と、思っているようだ」と、匂宮は周囲から聞いて、思い辺りなさいましたが、匂宮ご自身の御心では、別の方(宮君)を想っているので、このお返事ははっきりとお応えなさいません。内裏を勤めて、翌朝、若君が退出する時に、気乗りしない様子で、

   花の香に誘われぬべき身なりせば 風のたよりをすぐさましやは

      
(訳)花の香りに誘われそうな身であったら、風の便りを見過ごしましょう。

 そして「やはり今は、翁(老人)たちに余計な計らいをさせないで、宮君にこっそりと逢わせるように……」と、若君に繰り返し仰るので、この若君も東の御方(宮君)を、大切に慕わしく思う気持が強くなりました。

 他の姫君たちはお顔をお見せになったりして、普通の姉弟のような様子ではありますが、この宮君は人見知りをなさいますので、かえって子供心にも、宮君のとても奥ゆかしく理想的でいらっっしゃるご性格に、「相応しい相手をお迎えして、お世話申したい……」と思っていました。けれども、春宮の御方(大君)が、とても華やかに振る舞っておられるにつけても、姉妹は誰でも同じ事とは思いながらも、宮君のことがとても気がかりなので、
「せめてこの匂宮だけでも、身近にお逢い申し上げたいものだ」と思って、歩き回るには嬉しく、紅梅の花がそのきっかけとなるのでした。

 これは昨日の御返事ですので、按察大納言にお見せ申し上げました。
「何とも憎らしく仰るなぁ……あまりに好色な方面に進んだ方なので、我等がお許し申さない……とお聞きになって、右大臣(夕霧)や私共がお逢いする時には、とても真面目で、浮気心を抑えておられるのこそ面白い。浮気男としても不足ないご様子なのに、強いて真面目を装っておいでになるのも、見所が少なくなることになろう」などと陰口を言って、今日も若君を内裏に伺わせなさる時に、

   もとつ香に匂える君が袖ふれば 花もえならぬ名をや散らさむ

     
(訳)もとからの香りが匂っている貴方が、袖を触れると、
        花も素晴らしい評判を散らすでしょう……

 そう思いますのは、好色がましいでしょうか。恐縮でございます」と、真面目に申しなさいました。
「誠に、中君と結婚させようと、お思いのところがあるのだろうか……」と、匂宮は御心をときめかしなさいまして、

   花の香を匂はすは度にとめゆかば 色にめづとや人の咎めむ

     
(訳)花の香りを匂わす宿に訪れて行ったなら、
        好色な人だと、人々が咎めることになるのでしょうか……

 などと、やはり心から打ち解けずにお答えなさるので、「思うようにはいかない……」と、大納言はお思いになりました。


 北の方(真木柱)が内裏より退出なさいまして、内裏のことなどをお話しなさるついでに、
「若君が一夜宿直して、退出してきた時の匂いが、とても素晴らしかったのです。人は「普通の香り」と思いましたが、春宮がよくお気づきになって、『匂兵部卿の宮に、若君は近づき申したのか。なるほど、ここを避けているのか……』と様子を察して、恨みに思っておいでになりました。こちらに何かお手紙でもありましたか……私にはそのようには見えませんでしたが……」と、仰いますと、
「その通り……梅の花を愛でなさる君なので、あちら(宮君)の紅梅が大層盛りに見えましたので、放っておけずに、手折って、匂宮に差し上げたのです。匂宮の移り香はなるほど格別です。内裏の「晴れがましいお勤めをなさる女性などは、あのように香を焚きしめることができません。が、源中納言(薫)は、このように好ましく焚き匂わすのでなく、人柄(体臭)が、世に又とないほど素晴らしいのでございます。不思議と、前世の因縁がどんなであったのかと、知りたいほどです。
 同じ花の名ですが、梅は生え出た根こそ、しみじみ心打つものです。匂宮などが誉めなさるのも、もっともなことだ……」等と、花にかこつけて、まずは匂宮のことをお噂申し上げなさいました。

 宮の御方(宮君)は物の分別がつくほどにご成長なさいましたので、何事でもお分かりになり、噂をお耳に留めなさらないではないけれど、
「結婚して、普通の生活を送ることは、決してなさるまい……」と、北の方は諦めておいでになりました。世間の男性も、時の権勢に寄る心があってだろうか、親と一緒に住む姫君たちに、熱心に結婚を申し込み、華やかな事が多いけれど、この宮君は実父が亡く、万事につけても、ひっそりと引き籠もっていらっしゃるので、匂宮はご自分に相応しい方と伝え聞きなさって、心深く「何とかして……」とお思いになられたのでございました。

 若君をいつもお側近くに離さずお呼びになって、こっそり宮君に御文をお書きになりました。

「そのように、匂宮がお考えのうえ、中君に結婚を申し込まれることがあるならば、承諾しよう」と、大納言がご準備なさっているのを見ると、何かお気の毒に思われ、
「すれ違っていて……。このように、匂宮に思い寄るはずもない宮君に宛てて、無駄な言葉をを沢山下さるのも、甲斐のないようなこと」と、お思いになりました。

 宮君からの ちょっとしたお返事さえもないので、匂宮は「負けてなるものか」の御心も加わって、諦めようもありません。
 「何と言うことか、匂宮のお人柄に何の不足があろうか、婿にお迎えしてお世話申し上げたい……この先、出世なさる方と見えるのに……」など、北の方はお思いになることも時折ありますけれど、匂宮はとても好色な方ですので、忍んでお通いになる方も大勢あって……八宮の姫君(中君)にもご執心で、その頃、とても頻繁にお通いになっておられたのでございました。

 頼りがいのないご性格で、浮気っぽい方だとお聞きになりますと、宮君はますます躊躇われますので、本気になってお考えではないのですが、一方では、畏れ多いこととも思われますので、母君(真木柱)が、時折気を遣って、こっそりお返事(代筆)を申し上げなさいました。

                                    ( 終 )

源氏物語「紅梅」(第43帖)
平成24年6月 WAKOGENJI(文・絵)


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