能に見る「源氏物語」


能の歴史

六世紀半ば、仏教伝来とと共に、中国から「散楽ーさんがく」という芸能が伝わりました。これが平安時代初期に、「猿楽ーさるがく」と呼ばれるようになり、寺や神社で演じられるようになりました。滑稽を演じた「猿楽」の中に、宗教的な要素が取り込まれ、鎌倉時代になり、宗教的な芸能が盛んになると、宗教的な部分は「能」へ、滑稽な部分は「狂言」へと、次第に分かれて発達していきました。

この「猿楽」を芸術性の高い芸能として大成させたのが、観阿弥(1333〜1384)と世阿弥(1363〜1442)の父子です。観阿弥は当時、大和猿楽の一座(結崎座)をひきいて、大和から京都に進出し、1374年(応安3年)京都今熊野の勧進能で、三大将軍足利義満に認められ、以後、保護を受けて大成することになります。観阿弥は、大和猿楽の能に、近江猿楽の歌舞的要素を取り入れ、能を新しい時代の能に仕上げ、観世流の流祖として、今日の能を確立していきました。

江戸時代になりますと、能楽の中心は江戸に移り、1647年(正保4年)、幕府が能を幕府の式楽(儀式芸能)に定めることにより、「古法を守るべき」として、演劇として自由な発展は出来なくなりましたが、かえって古い形式が大切に守られた中で、今日まで、より深い洗練された美を追究していくことになりました。


能について

能は、舞(まい)、謡(うたい)、囃子(はやし)の三要素からなる歌舞劇です。
江戸時代に、大和猿楽の流れを持つ四座、観世流 ・ 宝生流 ・ 金春(こんぱる)流 ・ 金剛流に、喜多流を加えた五流派が、徳川幕府の保護のもとで伝襲されるようになり、現在の能が確立されました。
各座は、主人公を演じるシテ方の家元を座頭として、シテ方(ツレ・地謡) ・ ワキ方(その相手役) ・ 囃子方 ・ 狂言方 を座員としています。

お囃子は、笛 ・ 小太鼓 ・ 太鼓 ・ 大鼓 で構成され、今日では一曲を演じるのに平均1時間半を要しますが、江戸時代には一日十番以上演じていたそうです。

能の詞章を謡といい、題材は源氏物語や平家物語などの古典からとられることが多く、その物語や宗教的な心情などが興味深く述べられることから、一般の庶民にも普及するようになります。
舞台と橋がかりで演ぜられる能は、まず最初の登場人物が自らを名乗り、シテの心情などが謡で述べられます。すなわちその演目を、謡の詞章で進めていく訳です。

現在、上演可能な謡曲は235番あります。これらは「五番立て」で、その上演順序によって以下のように分けられています。
     脇能物    (初番物 〜さわやかな曲)
     修羅場    (二番目物〜厳しく勇壮な曲)
     蔓(かずら)物 (三番目物〜優美でしっとりした曲)
     雑物      (四番目物〜変化にとんだ面白い曲)
     切能      (五番目物〜話の変化の早い曲)


「源氏物語」を題材とする曲

現存する謡曲235曲の中に、「源氏物語」を題材にするものは下記の10曲があります。

また他に、「松風」は、直接「源氏物語」からとられたものではありませんが、「源氏物語ー須磨の巻」に基づいた詞章が多くでてきます。

     半蔀(はじとみ)   「夕 顔」 第五帖  シテは夕顔の上 (……詳しい詞章を読む)
                 夕顔の上が源氏の君と出逢い、契りを結んだ恋の思い出を描いた物語
                 (三番目物、内藤左衛門作)

     
     夕顔(ゆうがお)
   「夕 顔」 第五帖  シテは夕顔の上  (……詳しい詞章を読む)
                 儚く亡くなった夕顔の上の悲しい運命を語った物語
                 (三番目物)

     葵上(あおいのうえ) 「葵」 第九帖  シテは六条御息所  (……詳しい詞章を読む)
                 御息所が、怨念から生霊となって葵上に取り憑き命を奪うが、
                 やがて僧侶の祈りで成仏する。(四番目物)

      野宮(ののみや)   「賢木」第十帖  シテは六条御息所  (……詳しい詞章を読む)
                光源氏に捨てられた六条御息所の心情を描く
                  (三番目物、作者不明)

     
     須磨源氏(すまげんじ)「須磨・明石」第十二帖、十三帖  シテは光源氏
                  感銘を読み込んだ謡で、光源氏の経歴を物語る
                  (五番目物)

     
     住吉詣(すみよしもうで)「澪標」 第十四帖  シテは明石の上
                  光源氏と明石の上の悲しい別れを描いている
                  (三番目物)

     
     玉鬘(たまかずら)   「玉鬘」第二十二帖  シテは玉鬘
                  玉鬘の苦悩と運命を描き、「浮舟」の影響を受けたといわれる
                  (四番目物)

     
     落葉(おちば)     「若菜」第三十四帖  シテは落葉の宮
                  夫亡き後、夕霧に対する思慕の情をしみじみ描いた物語
                  (三番目物)

     
     浮舟(うきふね)    「宇治十帖より 「浮舟」  シテは浮舟 (……詳しい詞章を読む)
                  匂宮と薫に愛され、恋に苦しみ物の怪に憑かれて投身する
                  (四番目物)

     
     源氏供養(げんじくよう)「源氏物語表白」  シテは紫式部
                   巻名を織り込んだ名文で、「源氏物語」の無常を説いたもの
                   (三番目物)

新作能として以下の二曲があります。

     
     碁(ご)          「空蝉」第三帖  シテ空蝉
                   空蝉と軒端の萩が碁を打っている光景が見所のひとつ

     
     夢浮橋(ゆめのうきはし)「宇治十帖・最終章」  シテ修行僧
                   瀬戸内寂聴作 浮舟を助けた修行僧の苦しみが描かれている

     

参考資料:源氏物語」能・能と能面・他  


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